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氷は冒険者になれなかった ――負価を抱いたまま、世界は進む  作者: たからの
凍理、外界へ

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12/20

負価

馬車は、止まらなかった。


だが――

氷の内側では、

確かに何かが、引っかかっていた。


(……今の……)


一瞬だけ触れた、異質な感触。

冷でも、熱でもない。


凍理が「異質」と判断したもの。


《凍理:再解析》

《理の痕跡:消失》

《再検出不可》


(……消えた……?)


違う。


消えたのではない。

最初から、掴めなかった。


氷は理解する。


(……今……

 何かに……触れた……)


だが、その“何か”を

思考に留めようとした瞬間、

輪郭が、すり抜ける。


形がない。

名も、概念も、伴わない。


(……なんだ……これ……)


不安が、内側に広がる。


分からない。

分からないことが、怖い。


感情は、まだある。

恐怖も、違和感も、確かに存在している。


だからこそ、

この感触を無視できない。


(……前にも……

 似た……)


――前?


思考が、止まる。


(……前……?)


“前にも感じた”

そう思ったはずなのに、

そこから先が、存在しない。


氷の内側で、

乾いた音が、小さく鳴った。


――キン。


《凍理:自己状態確認》

《記憶領域:部分欠損》

《欠損理由:不明》


(……欠損……)


失われた、という感覚ではない。

最初から、そこに無い。


そうとしか、思えなかった。


(……何を……

 持っていた……?)


必死に探る。


人だった頃。

転生の瞬間。

溶けかけて、再び凍ったこと。


そこまでは、ある。


だが――


“呼ばれていた”という感覚だけが、

説明のつかない形で、残っている。


(……呼ばれて……

 いた……?)


その先が、ない。


名を示すはずの何かが、

思考に浮かぶ前に、落ちる。


(……おかしい……)


恐怖が、はっきりと形になる。


溶けるより、

壊れるより、


欠けていると気づくことの方が、

はるかに、恐ろしい。


(……あの時……)


熱。

溶解。

存在を保つために、

一点に集まり、凍り直した。


(……保った……

 代わりに……)


何かが、

そこに置いていかれた。


それが何かは、分からない。

だが――


(……次も……)


氷は、理解してしまう。


次に同じ状況になれば、

また同じ選択をする。


保つために。

消えないために。


たとえ、

次に削れるものが、

もっと重要な何かであっても。


馬車は進む。


外の空気は、澄み、冷たい。

朝の光が、箱の隙間から差し込む。


世界は、優しい。


それなのに、

氷の内側だけが、

静かに、削れていく。


《凍理:存在安定》

《代償:未確定》


(……まだ……)


感情は、ある。

怖いと思える。

嫌だと感じられる。


――だから、まだ、成立している。


だが。


あの“異質な理”が、

確かに存在したことだけは、

氷の奥に、消えずに残っていた。


理由は分からない。


それでも――


避ければ済んだはずのものに、

いつか自分は、

また、触れてしまう。


そんな予感だけが、

凍ったまま、そこにあった。

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