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恋の歌

作者: えみいぬ。
掲載日:2025/12/25

恋の歌が流れるたびに、あの時の映像がよみがえる。


手が触れるたびに、ドキドキしていた。


名前を呼ぶたびに、期待していた。


あなたが大好きだった。

私は怪我をして入院していた。

きっと後遺症が残る、そう言われていた。

どうして、こうなってしまったんだろう。

どうして、死ねなかったんだろう。

私なんか生きてる価値なんてないのに。


気を失っていた時に、急に声が聞こえてきた。

「あなたは生きたいですか?死にたいですか?」

何も考えずに出た言葉は

「生きたいです。」

そうして私は気を失った。


人生に絶望して、自分に絶望して。

私にはもう何もない。

それでも私は生きることを選んでしまった。

そんな時、あなたと出会った。


幾度かの手術を繰り返して、私はせん妄の最中だった。

そばに誰かがいると分かった。

そして聞いた。


「あなたは浮気したことある?

 私の旦那はね…」


「浮気するなんてクズですね。

そんなことするなんて、最低ですよ。」


あなたと最初に交わした言葉は、わたしの愚痴だった。


「あなたに恋人はいる?」

「僕ですか、一応いますよ」

「大事にしなよ、絶対浮気しちゃだめだよ」

「しないですよ。結婚も考えてるので。」

「あなたの名前は?としは?」

「三井です。27です」

「みつい…みっちー?!みっちーじゃん」

「よく言われます。やめてください」

「いいじゃん、みっちー」


最初の印象はそれだけだった。

色々な愚痴を聞いてもらい、私は病室に運ばれた。


三井さん…話しやすかったな。

また話せたらいいな。



幾つかの日がたち、扉が開いた。


「北川さん、体調はどうですか?」


「あ…みっちー!」


話しながら色々な検査をしてもらった。

あなたと話すたびに元気が出た、あなたは特別だった。


「またナトリウムの数値が低いみたいです。」

「そうなるとどうなるの?」

「飲水制限です。」

「げ…それだけはいや。」

「仕方ないことです。我慢してください。」


副作用で口が乾く私にとって、飲水制限は地獄だった。

ナトリウムの数値が低いと転科できない。

早く退院したい私にとって、それは苦痛だった。


リハビリに飲水制限…結構つらいな。

それに退院…あの子に会いたいだけ、ただそれだけ。ありがとうございます。


時折、旦那からメールがきた、あの子の写真。

さみしそうな、私の大事な子。

ごめんね、こんなことになってしまって。


襲い来る、不安と後悔。

息が苦しい、たすけて。

ナースコールを押しても誰も来ない。

遠くからあの人の声がした。


「北川さん限界みたいです。」


しばらくして、別の看護師さんがきた。


「息が苦しいです、どうにかしてください。」

「数値に問題はないみたい、頓服薬のむ?」


すがる思いで飲んだ頓服薬。

時間がたち、少しだけ息がしやすくなった。



幾つかの日がたって気づいた。

みっちー来ないな…

気になって、看護師さんに尋ねた。


「みっちー知ってますか?」

「ああ、三井さん?知ってますよ。

北川さんと仲いいみたいですね。」

「話しやすくて…」

「好きなんですか?三井さんのこと。」

「そうじゃない、そうじゃないんです。

異性としてではなくて。」

「ほんとに?」


そう言って看護師さんは笑った。


どうしてそうなるんだろう。

ただ話しやすいだけなのに。

ちょっとかっこいいけど…

みっちー会いたいな。



月日がたち、季節が変わった。

情緒不安定の私はよく泣いていた。

ごめんなさい、ごめんなさい。

あの子に会いたい。


泣きつかれてぼーっとしていた時、扉があいた。


あの人だった。


「久しぶりですね。」

「久しぶりだね。

どうして来てくれなかったの?」

「担当が違うくて。

またきますね。」


そう言って、帰っていった。


日が変わり、体洗いますよと女性の看護師さんとあの人がきた。

恥ずかしいけど…でも仕方ないよね。

この二人、仲いいけど付き合ってるのかな?

ちょっとだけやきもちを焼いてしまった。


どうして私はやきもちを?どうして三井さんの顔が見たくなるの?

好きなのかな…

自分の気持ちに気づいたとき、一気に気持ちが襲ってきた。


今日はきてくれるかな?明日はきてくれるかな?

そう思うたびに、好きという気持ちは大きくなる。


時折、担当になり病室に顔を出してくれていた。


暗い病室で簡単な検査…触れる手。

ドキドキしていた、体温が高まっていた。



触りたい、あなたに。



気持ちが抑えきれなくて手を出していた。


少しの間をおいて、

「セクハラですよ。」


そう言われて恥ずかしくなって、手を離した。

「ごめんなさい。」


後悔した自分の行動に。

でも、諦めきれなくて。


「メール交換しない?」

「僕、友達って信用してないんですよ。」

「どうして?」

「色々あって…だから」


そう言ってあなたは部屋を出た。


そっか…私の声が真っ暗な部屋に響く。



数日がたち、私はスマホで昔の自分を見ていた。

こんなころもあったな。

そう思っていたころ、また扉が開いた。


「みてみて、私痩せてるでしょ。」

「ほんとだ。」

「こんなころもあったんだよ。」

「絶対痩せてるほうがいいですよ、痩せましょ。」


いつもより弾む会話。



それから三井さんとの距離は近くなった。

退勤の時、出勤の時、私の部屋の前を通り会釈してくれた。

ときどき、部屋に入り話をしてくれた。


ナトリウムの数値も落ち着き、転科が近くなったころ。

私は理由もわからず落ち込んでいた。

朝食が運ばれ、食欲ないな…箸が進まなかった。


そんなとき、扉が開いた。


「どうしたの?食べないの?」

「食欲なくて…」

「ここにいるから、ゆっくり食べな。」


そう言って、病室で仕事をしてくれた。

私はゆっくり朝食を食べ、特別な時間を味わっていた。

こんな時が続けばいいのに…


三井さんの退勤時間になり、じゃあねと部屋を出て行った。


あの人は私のことどう思っているんだろう?

私が痩せてれば…違ってたのかな。



あの人との最後の日。

検査をしていた時に三井さんが言った。


「看護師が触る分にはセクハラにならないんですよ。」


ああ、あの時の…

どうしようもない気持ちが襲ってきた。

今日で最後、もう会えなくなる…



「転科するとき俺が送っていきますから。」



その言葉が、私とあの人の最後の思い出。

移りゆく季節、雪が降り始めた。

私は退院し、春になった。

あの人を好きという気持ちは変わらなかった。


今でも変わらず、あの人の声と姿を思い出す。

そして胸が締め付けられる。


私の叶わなかった片思い。

病院に行ってもあの人の姿はなかった。


恋の歌が流れるたびに…

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