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『しーちゃんと記憶の図書館』第116話
最初の一行
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その夜、少年の部屋は静かだった。
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机の上には白いノートと鉛筆。
窓の外からは、夏の虫の声がかすかに響く。
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少年はしばらく手を止め、
何度も深呼吸をした。
「どうしても、ちゃんと始めたい」
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そして、ゆっくりと鉛筆を走らせた。
『ぼくは、丘の上で待っている。
まだ見ぬ友に、この物語を届けるために。』
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たった二行。
でも、書き終えた瞬間、
胸の奥がじんわりと温かくなった。
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彼はページをそっと閉じ、
机の隅に置いた。
それはまだ小さな種だったが、
やがて誰かの心に届く“物語”へと育っていく。
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しーちゃんの図書館は、
その芽が芽吹く日を静かに待っていた。