戻ってきた幼馴染、君は誰だ?
「――紹介する、今日からこのクラスに転入してくる遠野紘くんだ」
担任のその声で、俺の時が止まった。
いや、止まったのは「時」じゃない。「心」だ。
黒板の前に立ってるアイツ。
身長はちょっと高くなってて、髪型も今どきで、
俺の知ってる“あいつ”とは少し違ってたけど――
「……嘘だろ、紘?」
俺の幼馴染。小学校のとき、隣の家に住んでて、
毎日泥だらけになって遊んだアイツが、ここにいる。
「お、お前……まじで紘か?」
俺が立ち上がると、アイツ――紘は目を丸くして、
だけどすぐにニッコリ笑って、こう言った。
「え? あー……ごめん。俺、記憶ないんだ。けど……ハルって呼ばれてた気がする」
……は?
「あいつ、事故に遭ってな。入院してた間の記憶が全部飛んじまったらしいんだ」
担任が代わりに説明してくれた。
「だから、あんまり無理に思い出させようとするなよ。ゆっくりいこう」
そんな、ドラマみたいな話――
……でも、事実だっていうなら、俺は何を信じればいいんだ。
「よろしくな、ハル!」
屈託のない笑顔。ガチで何も覚えてないんだろう。
なのにアイツ、いきなり俺の机の隣に座ってきて、
「へえ、この学校って自由な雰囲気なんだな。女子、かわいいし」
とか抜かしやがった。しかも……
「隣の子、ハルの彼女?」
「……は?」
振り返ると、そこには俺の彼女――七瀬澪がいて、
ニコッと、困ったように微笑んでいた。
「えっと、違うよ。ただのクラスメイト。ね、ハルくん?」
「……あ、ああ」
違うんかい。
なにその“壁つくってます感”満載の距離感は。
「じゃあ俺、今日からこの子に案内してもらおっかな」
「へ?」
「ほら、俺、道とか全然わかんねーし。ハルの彼女じゃないなら、問題ないっしょ?」
――おい待てコラ。
なんで“彼女じゃないならOK”みたいな顔してんだ。
「いや、お前さ……そういうのはちょっと、普通に困るっていうか……」
「うんうん、困るのわかる。でも俺、今マジで心細いからさぁ〜」
と、子犬のような目で澪を見つめる。
彼女はなぜか、視線を逸らしながら……小さくうなずいた。
「わかった……じゃあ、案内くらいなら」
……え?
おいおいおい。
いや、たしかに案内だけだってのはわかるよ。
でもさ、彼氏の俺に一言もなしって、それはどうなん??
「サンキュー! じゃ、放課後よろしくな、澪ちゃん!」
「う、うん……」
彼女は、どこか懐かしそうに彼を見ていた。
そして俺は、心の奥に、うまく言葉にならないモヤモヤを感じた。
それが不安なのか、怒りなのか、あるいは嫉妬なのか……
わからない。ただ――
確かに彼女の中で、“なにか”が揺れ始めていた。
それだけは、はっきりとわかった。