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第98話 こんなの初めて!? 王子様の食レポ

 ダークブラウンの木目調フローリングが、足音を心地よく響かせる。

 大きな窓から差し込む光が、観葉植物の葉をきらきらと輝かせていた。


 グレーのファブリックソファに、ふたりの客人の姿。

 カインとミリアが、居心地悪そうに座っていた。


「……なんというか、すごい場所だ」


 カインが呟く。

 視線は、壁掛けの大きなテレビに向けられていた。


「あれは何でしょう……?」


 ミリアが首を傾げる。

 ローテーブルの上の雑誌を、恐る恐る手に取った。

 カラフルな表紙に、見慣れない文字が並んでいる。


「文字が、読めません……」


 ミリアが困惑する。


「俺もだよ」


 カインが苦笑する。


「異世界の文字なのか?」


 ふたりは周囲を見回す。

 何もかもが、異世界の産物だった。


 仕掛けのわからない照明。

 用途の分からない不思議な機械。

 見たこともない材質の家具。


「ちょっと、落ち着かないです……」


 ミリアが正直に呟く。


 その時――


「カイン! ミリア!」


 明るい声が響いた。

 ふたりが振り返る。


 リビングの入り口に、結衣が立っていた。

 懐かしい、弾けるような笑顔。


「結衣さん!」


 ミリアが立ち上がる。

 涙が、頬を伝って落ちる。


「結衣さん……!」


 ミリアはソファを立ち上がって結衣に駆け寄り、勢いよく抱きついた。

 ふたりは、しっかりと抱き合う。


「心配したんですよ……!」


 ミリアの声が震える。


「ドラゴンズスケイルの『竜の間』で結衣さんが消えてしまってからずっと……どこに行ったのかと……」


「ミリア、ごめんね。心配かけちゃって……」


 結衣も涙ぐんでいる。

 カインは、その光景を微笑ましく見守っていた。

 安堵の表情が、彼の顔にも浮かんでいる。

 カインは穏やかに語りかけた。

 

「だが、結衣が無事で本当によかった」


「カインも、ごめんね」


 結衣がミリアから離れ、カインにも近づく。


「私も、ずっとみんなに会いたかったよ」


 カインが首を振る。


「君は僕たちの大切な仲間だ。心配するのは当然だよ」


 感動の再会。

 温かい空気が、リビングを満たした。


 キッチンから足音が聞こえる。

 レイが顔をのぞかせた。


「やあ、こないだはごめんね」


 レイが微笑む。


「お詫びに、君たちをここに招待させてもらったよ」


 レイが持ってきたトレイには、透明なグラスが四つ。

 中には、見たこともない液体が入っている。

 微細な泡が、シュワシュワと立ち上っていた。


「これは……?」


 カインが首を傾げる。


「レモンソーダ」


 レイが説明する。


「炭酸飲料だよ。レモンの味がする」


 レイはトレイをローテーブルに置き、小さな皿を並べた。

 皿には小さな食べ物らしきものがいくつも盛られている。


「これは……お菓子ですか?」


 ミリアが興味深そうに見つめる。


「そうだよ。チョコレートとか、クッキー」


 結衣が勧める。


「甘くて美味しいよ! よかったら食べてみて」


 カインとミリアは、恐る恐るグラスを手に取った。

 液体をじっと見つめる。


「泡が、動いてます……」


 ミリアが慄く。


「あの……これ、本当に大丈夫なんですか?」


「大丈夫だよ」


 結衣が笑う。


「美味しいから、飲んでみて!」


 カインがひと口、慎重に口をつける。


 瞬間――


「うわっ!」


 カインが目を見開く。


「なんだこれは! 泡が口の中で弾けたぞ!」


「炭酸だからね」


 レイが苦笑する。


「まあ、最初はびっくりするよね」


 ミリアも、恐る恐る飲んでみる。


「きゃっ!」


 ミリアが小さく叫ぶ。


「鼻がツンとします!」


「でも……」


 カインがもう一口飲む。


「慣れると、なんだか癖になる味だ。エールのような喉越しだな」


「甘酸っぱくて、爽やかで……」


 ミリアも続けて飲む。


「不思議な飲み物ですね」


 ふたりは、お菓子にも手を伸ばす。

 カインが、茶色く四角い物体をつまんだ。


「これが、チョコレートというものか?」


「そう」


 レイが頷く。


「カカオから作られるお菓子だよ」


 カインが、一口かじる。


 瞬間――


「――――!!!!」


 カインの表情が、劇的に変わった。

 目を見開き、口を押さえる。


「こっ……これは一体……!」


「えっ、カイン、どうしたの?」


 結衣が心配そうに聞く。


「甘さとほろ苦さが、同時に口の中でとろけるようだ……」


 カインが興奮気味に説明する。


「濃厚で、味わい深くて、なんというか……このような味を説明する言葉を、俺は持ち合わせていない。今までに食べたことのない味だ」


 ミリアは、クッキーを手に取っていた。

 サクサクと音を立てて噛む。


「不思議な味です」


 ミリアが感想を述べる。


「サクサクした食感で、甘くて、バターの香りがして……この甘さは蜜とは違う……?」


 ミリアがレイに尋ねる。


「どのような材料を使っているんですか?」


「砂糖だよ」


 レイが答える。

 カインが目を剥いた。

 

「砂糖だと!?」


「そうだけど……カイン、どうしたの?」


 結衣が首を傾げる。


「砂糖といえば、王族でも滅多に口にすることのない貴重な甘味だ。サトウキビなる植物から作られると聞くが……」


「そのような植物が存在するのですか?」


 ミリアが驚く。


「サトウキビ……初めて聞く名前です」


「だが、非常に限られた地域でしか栽培されないため、市井に出回ることはまずないはずだ。それをこんなにふんだんに使うなど、とても考えられない……」


 カインは頭を抱えた。

 レイが興味深そうに話を聞く。


「そうなんだ。君たちは、普段は何を甘味料に使ってるの?」


「蜂蜜や花の蜜、それから果実などですね」


 ミリアが答える。


「へぇ。世界が違うと、食文化も違うんだね」


 レイは無邪気に微笑んだ。

 それが、ミリアには驚きだった。


(怖い人だと思ってましたけど、こんな表情もされるのですね。結衣さんの影響でしょうか……)


 そして一方の結衣はといえば、その光景を見て大笑いしていた。

 カインとミリアの驚きようが、面白くて仕方ない。


「ふたりとも、そんなに美味しかった? すっごい顔してるよ!」


 和やかな雰囲気の中、四人はひとしきり、異世界の味を堪能した。

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