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第95話 私はモノじゃない

 ※警告

 本話には一部性暴力を想起させる表現が含まれます。

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 教会の中に、静寂が流れていた。

 月光がステンドグラスを通して差し込み、祭壇を銀色に照らしている。

 空気は冷たく、神聖な雰囲気が漂っていた。


 結衣とジークは、見つめ合ったまま立ち尽くしている。


「結衣……」


 ジークの声が震える。

 一歩、また一歩と近づいていく。


「ジーク!」


 結衣が駆け寄る。

 石の床に足音が響いた。


 ジークも走り出す。

 ふたりは教会の中央で抱き合った。


 温かい体温が伝わってくる。

 懐かしい匂い、懐かしい感触。

 結衣の目から涙が溢れた。


「ずっと会いたかった!」


 結衣の目から涙が溢れる。


「オレもだ……」


 ジークが震える声で答える。


「もう二度と、お前を離さない」


 ジークが結衣をさらに抱きしめる。

 その腕に、強い力が込められていた。


「ここは危険だ」


 ジークが結衣の手を引く。


「早く出るぞ」


 だが、結衣は動かない。

 ジークが怪訝な顔をする。


「どうした?」


「ジーク、話があるの」


 結衣が真剣な表情で言う。


「……話なら後で聞く」


 ジークは結衣の手をもう一度引いた。


「今はまずここから出る」


「ううん。私の話を聞いて、ジーク」


 結衣が首を振る。

 ジークは眉をひそめる。


「お前、ここがどこだか分かってるのか?」


 ジークの声に、苛立ちが滲み出る。


「お前はいま『魔王』に捕まってるんだぞ?」


「それは誤解だよ」


 結衣がはっきりと言う。


「レイは『魔王』なんかじゃない」


「……レイ?」


 ジークの表情が変わった。

 眼差しが鋭くなる。


「……もしかして、あの銀髪野郎のことか?」


「そうだよ」


 結衣が頷く。


「ジーク、レイを知ってるの?」


「知ってるも何も……」


 ジークの声が、怒りをはらむ。


「……そいつは、オレの敵だ」


「待ってジーク、それはどういうこと?」


 結衣は困惑した。

 そんな結衣を見て、ジークの視線が疑いの色を帯びる。

 それは、結衣の服装に向けられた。


 カフェで着た水色のワンピースに、白いカーディガン。

 以前着ていたパーカーとジーンズとは全く違う。


「……お前、ずいぶんと小綺麗な格好してるじゃねーか」


 ジークの声に、棘が混じる。


「今まで着てた服はどこへやった?」


「え? あれは今レイが洗濯しててくれて……」


 その瞬間、ジークの眉が吊り上がった。

 結衣は驚く。


「ねぇジーク、本当にどうしたの?」


 ジークの眼が昏い。

 月光が、彼の顔に影を落とす。


「その服はどうした?」


 ジークが詰め寄る。


「奴にそれを着させられたのか? 奴にいったい何をされた?」


「何もされてないってば!」


 結衣は慌てて答えた。


「ジーク、なんかちょっと変だよ」


 ジークの眼差しの昏さが増す。

 拳が震え始める。


「……『服を洗う』ってなんだよ」


 獣の唸りのような声。


「お前、そいつと一緒に暮らしているのか? そいつに心を許したのか? それとももう……」


 ジークの顔がさらに歪む。


「……体も許したのかよ?」


「ジーク!」


 結衣が驚いて叫ぶ。


「いきなり何言ってるの!? レイはそんな人じゃない!」


「そいつの名を呼ぶな!」


 ジークの目が血走った。

 拳が白くなるほど握りしめられる。

 そして、結衣の肩を強く掴んだ。


「……じゃあ、どうしてオレについてこない!?」


 ジークが鬼のような形相で結衣に迫る。


「なぜそいつを庇う!? なぜここから逃げようとしない!? オレたちが必死でお前を助けに向かっていた間、お前はそいつとよろしくやってたのかよ!?」


 結衣がハッとする。

 ジークの指が肩に食い込んでいる。

 それほどまでに心配してくれていたのか。


「そうだよね、ごめん……」


 結衣が申し訳なさそうに言う。


「でもジークの想像してるようなことは何もないよ。レイはただ、私が元の世界に帰れるよう頑張ってくれてるだけ」


「帰る?」


 ジークの声色が、一段と低くなった。

 怒りがますます膨れ上がる。


「……お前、オレを置いて、自分だけ元の世界に帰るつもりなのか?」


「え? ジーク、どうして?」


 結衣が困惑する。


「だってジークも今までずっと、そのために協力してくれてたじゃない!」


「そうだったかもな」


 ジークが乾いた笑いを浮かべる。

 その眼差しが、どこか狂気を帯びた。


「だけどもう、オレはお前を離す気はねぇ。どこにも行かせねぇし、誰にも渡さねぇよ」


「どうしてそんなこと……」


 結衣が震え声で言う。


「ねぇジーク、お願いだから話を聞いてよ!」


「うるせぇ!」


 ジークの怒りが爆発する。


「誰がお前を帰すかよ!」


 その叫びと共に、ジークの理性は完全崩壊した。

 強引に結衣を抱きしめ、その唇を奪う。


「――――!!」


 結衣の目が驚きに見開かれた。

 唇が離れる。

 耳元で、苦しげなジークの吐息が、切なく掠れる。


「……オレのものになれよ」


 そして次の瞬間、結衣は抱きしめられたまま床に押し倒された。

 ワンピースの襟に手がかけられ、力任せに引き裂かれる。


 ビリッ――!


 布が破れる音が響く。


 結衣の胸元が、あらわになった。

 月の光に晒されて、ふたつの膨らみが白く輝く。


 だが――


「……はああああ!?」


 ジークの意に反して、結衣は許しを乞いはしなかった。

 逆に、怒りに燃えたぎる。


「何すんのよ! この分からず屋!」


 結衣の怒声が教会中に響く。


「人の話を聞けっつってんでしょ!」


 ドガッ!


 結衣の拳がジークの頬を直撃した。

 鈍い音が響く。


「私は私! モノじゃない! 自分の行動は自分で決める!!」


 ジークはあっけに取られて結衣を見つめた。

 その頬は赤く腫れている。


「オレは、いったい何を……」


 ジークが魂の抜けた声で呟く。


「てか結衣、お前、いまオレを殴って……」


「当たり前でしょ!」


 結衣が怒鳴る。


「いきなり襲いかかってきて、何されても黙ってるとでも思った? バカなの!?」


 結衣が毅然と立ち上がる。

 破れたワンピースを押さえながら。


「…………」


 ジークは呆然としていた。

 

「……ごめん、ジーク」


 結衣の声がほんの少し和らいだ。


「今のジークとは話ができないって、よく分かった……ジークのことはずっと大切だけど、今のジークはダメ」


 結衣がその場から走り去る。

 足音が床に響いた。


「結衣……」


 ジークが呼び止めようとする。

 だが、声が出ない。


 結衣の姿が扉の向こうに消える。

 ジークは一人、教会に取り残された。


「……はは」


 ジークが乾いた笑いを浮かべる。


「オレ、本当になにやってんだ」


 ジークはその場に座り込む。

 ステンドグラス越しの月を見上げた。

 月光が彼の顔を照らす。


「結衣に……殴られた」


 ジークが頬を押さえる。


「当然だよな……」


 教会に静寂が戻る。

 空気が急に冷たくなった。


「オレは……何がしたかったんだ」


 ジークは呟いた。

 結衣を失った絶望と、自分への嫌悪で心が満たされている。


 結衣に再会したら、今度こそ自分の本当の気持ちを打ち明けるつもりだった。

 なのに、どうしてこうなってしまったのだろう……

 

 月が雲に隠れ、教会が暗闇に包まれた。

 ジークはそのまま、床に転がった。

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