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第94話 勇気をわけて

 リビングのソファに、ふたりは並んで座っていた。

 レイがリモコンを手に、テレビの画面を操作する。

 画面に映るのは、夕暮れの荒野。

 風のない、乾いた大地が広がっていた。


「……来たね、彼が」


 レイの声が、静かに響く。

 画面の中に、黒い影が現れた。


 漆黒の馬に跨る、黒い甲冑の男。

 兜を被り、顔は見えない。

 まるで死神のような、不気味な存在感を放っている。


「えっ、これが蒼!? マジで!?」


 結衣は驚き、身を乗り出した。


「鳥じゃないじゃん!」


「そいつ本人って確証は、今のところないけど」


 レイが画面を見つめる。


「この甲冑が何かの目的を持って、ここに侵入しようとしていることは確かだね」


 結衣の手が、無意識にソファのクッションを握りしめた。


「それで、どうするの?」


「もちろん、捕まえて情報を聞き出す」


 レイが振り返る。


「そのための準備はちゃんと整えてあるよ。ただ、面倒なオマケがもう一人付いてくるね……」


「オマケって?」


 結衣はレイを見上げた。


「君の仲間の少年」


 レイの声が、わずかに沈む。

 結衣の目が見開かれた。


「えっ、ジークが!?」


 驚きのあまり立ち上がる。

 ソファのクッションがコロコロと転がった。


「彼、よほど君のことが諦められないみたいだね」


 レイが苦笑いを浮かべる。


「甲冑と取引してまで、ここに乗り込もうとしてる」


 結衣の胸が、トクンと鳴った。

 ジークが、自分を探してここまで来てくれた。

 それはどれほど危険で、どれほど困難な道のりだったろうか……


「ジーク!」


 結衣が立ち上がる。

 胸が締めつけられるような痛み。


「レイ! 私、ジークに会いたい!」


 結衣がレイの手を握る。

 その表情は真剣そのものだった。


「会って話がしたい! お願い、行かせて!」


 レイは少し寂しそうな表情を見せた。

 それから、小さくため息をつく。


「……やっぱり、そう言うと思った」


 レイが立ち上がる。


「いいよ、行っておいで」


 結衣は驚いた。


「え……」


 結衣が目を見開く。


「レイ、反対しないの?」


「だって会いたいんでしょ? 彼に」


 レイが優しく微笑む。


「どうせダメって言っても聞かないだろうし。なら僕は、君の意思を尊重するよ」


 レイが結衣の肩に手を置く。


「彼と会って、君が本当はどうしたいのか、自分で確かめてくるといい」


 結衣の声が震える。


「……私のこと、信じてくれるの?」


 レイは少しだけ、迷うような表情を見せた。

 それから、そっと結衣を抱きしめる。


 レイの体温が、頬に伝わってくる。

 心臓の音が、耳に響く。


「……本当は、僕も怖い」


 レイが小さく呟く。


「恐怖を感じるなんて初めてだ。でもね、僕はたぶん君がとても大切で、君に傷ついてほしくなくて……」


 その声が掠れる。


「……そしてそれ以上に、君の幸せを壊すことが、僕にはどうしようもなく耐えられないんだ」


「レイ……」


 結衣は目を丸くした。

 何も恐れるものなどないはずのレイが、今はこんなにも素直に、弱さを見せている。


「僕に、君の勇気をわけてほしい」


 レイの腕に、わずかに力がこもる。

 その体は少し、震えている。


「これから起こることに、立ち向かう勇気を」


 その言葉に、結衣の胸が熱くなる。

 結衣は、そっとレイを抱きしめ返した。

 彼の背中に手を回し、その温もりを感じる。


「……ジークは確かに大切だけど、レイだって私の大切な人だよ」


 結衣が顔を上げる。


「私を信じてくれてありがとう、レイ。私、ジークと話してくる」


 レイは結衣を抱きしめたまま、髪に頬を擦り寄せた。

 鼻をくすぐる甘い香り。

 そして、額に軽いキスを落とす。


 柔らかい唇の感触に、結衣の心が跳ねた。

 温かい腕に包まれ、安心感に満たされる。

 

 そして、レイはゆっくりと結衣を離す。

 ふたりの間に、静かな空気が流れた。


「奴らは今夜やって来る」


 レイが静かに語る。


「彼が君の小石を投げつけてくる。それと同時に僕がここの壁を開いて誘い込み、あの甲冑を捕獲して閉じ込める」


 レイの手が、結衣の頬に触れる。


「その間、君は彼と話ができる」


「分かった、レイ」


 結衣が拳を握る。


「私、やるよ」


「……僕にとっては君の安全が最優先だ。もし君に危害が及ぶと判断したら、その時点で彼をここから排除する。いいね?」


 レイは釘を刺した。

 結衣も了解する。


「うん、それでいい」


 二人は見つめ合い、静かに頷き合った。


---


 深夜。

 重なった月が中天に差し掛かっている。

 銀色の光が、荒野を照らしていた。


 ジークは岩陰から立ち上がる。

 手のひらで、赤石と青石を握りしめた。

 石の表面が、月光に照らされて光る。


 心臓が激しく鳴っていた。

 手のひらに汗がにじむ。


 ジークは壁に向かって走り出す。

 砂を蹴り上げながら、全力で駆ける。


「結衣……!」


 ジークは叫びながら、石を投げつけた。

 赤石と青石が、見えない壁に向かって飛んでいく。

 石が壁に当たった瞬間。


 パリン――!


 ガラスの割れるような音が響いた。

 壁が消え、石が向こう側に飛んでいく。


「マジかよ……」


 ジークは驚く。

 だが、一刻も早く結衣を救い出さなければ。


 ジークは迷わず走り出した。

 砂を蹴り上げ、ヴォイドクレイドルの中へ。


---


 足音が、静寂を破る。

 息が白く、夜気に溶けていく。


 目の前に、小さな教会が見えた。

 屋根に、十字架が掲げられている。

 ステンドグラスが、月光を受けて美しく輝いていた。


 ジークは迷わずそこを目指す。

 はやる鼓動が、足音が石畳に響かせる。


「結衣!」


 ジークが扉を開ける。

 重い木の扉が、ギィ、と音を立てた。


 その瞬間。

 目に飛び込んできたのは、ずっと探し求めていた姿。


 結衣――


 祭壇の前に、彼女が静かに立っている。

 重なる月光が差し込み、彼女の髪を艶やかに彩っていた。


 結衣が振り返る。

 忘れもしない、その面差し。


「ジーク!」


 結衣が声を上げる。

 瞳に、涙が浮かんでいた。


 ジークの足が止まる。

 胸が締めつけられるような感覚。


 やっと会えた。

 やっと、結衣に会えた――


「結衣……」


 ジークの声が震える。

 心臓が激しく鼓動した。

 

 教会の中に、静寂が流れた。

 これまでずっと苦楽を共にしてきた二人の、特別な時間の始まりだった。

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