第82話 目覚めの朝は甘い同棲生活の始まり!?
まぶしい朝日が頬をなでる。
ふかふかのベッドの中で、結衣はぼんやりと瞬きを繰り返した。
天井にはお洒落なシーリングライト。
白い壁紙に、北欧調の柄のカーテン。
観葉植物が窓辺で揺れている。
ベッドサイドにはデジタルクロックと小型加湿器が置かれている。
床にはローテーブルとソファ。
壁にかけられたアートポスターが、部屋の小洒落た感をアップしている。
(……え?)
結衣は上半身を起こし、シーツを握りしめた。
パジャマはオーガニックのコットン素材。
肌触りが良すぎてなんか逆に怖い。
「え? え? 帰ってきたの? 私、日本に?」
思わず声が漏れる。
だが視界をぐるりと巡らせた結衣は、すぐに違和感を覚えた。
違う――
自分の部屋はもっと狭くて雑然としていた。
こんなオシャレな部屋に見覚えなどない。
「……ここ、どこ?」
混乱したまま、結衣はベッドから飛び降りた。
足元のカーペットはふかふかで、足の裏が沈み込む。
窓を開けてみると、外には見慣れない光景。
全く知らない、どこか現実味のない、緑溢れる街並みが広がる。
「夢? いや、これは……」
結衣が頭を抱えていると、部屋のドアがカチャリと開いた。
「おはよう。起きた?」
銀髪灰眼の青年が、さらりと現れる。
白いTシャツに黒のスウェットパンツという、自然体のラフな格好。
それは、結衣のよく知る顔だった。
「……レイ!?」
結衣は思わず叫んだ。
その瞬間、記憶が蘇る――
確かあの時、鱗王グラドラスと戦っていた。
気を失い地面に倒れ伏したジーク。
壁に叩きつけられて動かないカイン。
ミリアの絶望の表情。
そして、銀色の小石が巻き起こしたブリザードの猛吹雪。
――すべてがフラッシュバックする。
「みんなは!? ジークは!? 私はどうしてここにいるの!? 教えてよ、レイ!!」
結衣は思わずレイの襟首を掴んで詰め寄った。
だがレイは優しく結衣の指をはがし、落ち着いた声で諭す。
「説明はあとで。まずはシャワーを浴びて、落ち着いて。バスルームはあっち」
指さされた先には、ガラスのドア。
結衣は半信半疑で、ふらふらとバスルームへ向かった。
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途中、リビングを通り抜ける。
床はダークブラウンの木目調フローリング。
足音が心地よく響く。
大きな窓からは朝日が差し込み、観葉植物の葉がきらきらと光を反射していた。
ソファはグレーのファブリック。
座面にはクッションが三つ。
ローテーブルの上には何冊かの雑誌。
大きなテレビは壁掛けで、その下には最新型のゲーム機らしきものが鎮座している。
キッチンはオープンスタイル。
IHコンロが三口、シンクはピカピカ、大きな冷蔵庫はシルバーグレーに輝く。
カウンターにはマグカップと、フルーツの盛り合わせ。
食器棚には、和食器と洋食器がきれいに並んでいる。
(……なんか、モデルルームみたい)
結衣は思わず呟いた。
どこを見ても埃ひとつない。
観葉植物の葉の裏までピカピカだ。
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バスルームのドアを開ける。
真新しいユニットバスが現れた。
広めの浴槽に、壁は淡いクリーム色。
鏡はくもり止め加工がされていて、洗面台には歯ブラシと歯磨き粉、コップ、ドライヤー、ヘアブラシ、化粧水、乳液、綿棒、コットン……何もかもが揃っている。
棚にはふかふかのバスタオルとフェイスタオル。
そして替えの部屋着と下着。
サイズまでピッタリだ。
「なにこれ、至れり尽くせりすぎる……」
結衣は服を脱いでバスルームに入った。
カラフルで可愛らしいボトルのシャンプーやボディソープ。
フローラルの香りが鼻をくすぐる。
シャワーの蛇口をひねる。
すぐに温かいお湯が勢いよく出てきた。
「うわ、あったかい……!」
結衣は思わず声を上げる。
汚れと疲れが同時に取れていく。
しばらく、シャワーの下で立ち尽くした。
湯気が立ちこめるバスルーム。
体にお湯がしみていく。
指先から、じんわりと温もりが広がる。
シャンプーを手に取り、髪を洗う。
泡立ちがよく、指通りも滑らか。
ボディソープをスポンジに取り、腕や肩を撫でる。
「はぁぁぁ……生き返る……」
結衣は思わずため息をついた。
鏡に映る自分の顔も、いつの間にか笑顔になっている。
シャワーの音、ボディソープの香り、立ち上る湯気。
真新しいしっかりした生地のバスタオルで体を拭き、髪をドライヤーで乾かす。
温風を浴びて、髪がサラサラになっていく。
久しぶりの心地良さに、五感が喜ぶ。
「文明って、なんて最高なんだろう……!」
結衣は鏡の前で、もう一度自分の頬をつねった。
ちゃんと痛い。
夢じゃない。
薄いピンク色の部屋着に袖を通す。
ふわふわモコモコの生地に、思わず頬ずりしたくなる。
何もかもがまるで夢のよう。
けれど、これから考えなくてはならないことが山ほどある。
「……よし! 現実逃避は終わり!」
頬を叩いて気合を入れ直し、結衣はリビングへと向かった。