第81話 素顔は美青年!? 冥将軍との邂逅
三人の旅は、思った以上に過酷だった。
かつて血紅公や鱗王が支配していた地域は、今や見る影もない。
荒れ果てた街道には草が生い茂り、廃墟となった集落が点在している。
時折、抵抗勢力のアジトが受け入れきれなかった難民たちの、小さなテントが見える。
みな、一様に疲れ切った表情をしていた。
「覚悟はしていたが、ひどい有様だな……」
カインが呟く。
街道の脇には、朽ち果てた荷車や錆びついた武器が打ち捨てられ、転がっていた。
「でも、彼らは解放されたんです。これからきっと、良くなりますよ」
ミリアが前向きに言うが、その声にも疲労の色が滲んでいる。
ジークは黙々と歩いていた。
口数は少なく、時折立ち止まっては遠くを見つめる。
その視線の先に結衣の姿を探しているのは、二人の目にも明らかだった。
「なあジーク、少し休まないか?」
カインが声をかけるが、ジークは首を横に振る。
「……いや、大丈夫だ。それより先を急ぎたい」
そんな彼の様子を、カインとミリアは心配そうに見守っていた。
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道中、モンスターとの戦闘は避けられなかった。
「オークの群れです!」
ミリアが悲鳴を上げる。
茂みから飛び出してきたのは、三匹の野生化したオークだ。
魔王軍の統制が失われ、モンスター化した元兵士が各地で暴れ回っている。
「……失せろ」
ジークはスクラマサクスを抜く。
その動きは以前よりもずっと鋭い。
一匹目のオークが襲いかかる。
ジークは軽やかに身をかわし、脇腹に刃を滑り込ませた。
「グオオオ!」
オークが倒れる。
続いて二匹目。
カインが剣を振るう。
「目が! 目がああ!」
オークが斬られた目を押さえてのたうち回る。
その隙に、ジークが止めを刺した。
三匹目は逃げ出そうとしたが、ジークの投げたスクラマサクスが背中に突き刺さる。
倒れたオークの死骸から、ジークはスクラマサクスを引き抜いた。
ジークの戦い方は、荒々しさを増していた。
「結衣を奪った奴らの仲間だ。容赦はしねぇ」
死骸を見下ろし、ジークが冷たく言い放つ。
その瞳には、これまでにない昏い怒りがあった。
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夜になった。
三人は焚き火を囲んで野営をする。
パチパチと薪が爆ぜる音。
遠くで梟が鳴いている。
ふたつの月が星空に美しく輝く。
その光はどこか寂しげだった。
「結衣さん、今ごろどうしているでしょうか……」
ミリアが呟く。
炎に照らされた彼女の表情には、疲労と心配の色が濃い。
「そうだな、無事でいるといいが……」
カインが答える。
だが、その声には確信がない。
ジークは黙って炎を見つめている。
その手には、結衣の小石が握られていた。
(結衣……お前はどこにいるんだ?)
小石は冷たく、何の反応も示さない。
ジークの胸に、不安が広がっていく。
「……必ず見つけ出す。そして取り戻す」
ジークが小さく呟いた。
まるで、自分に言い聞かせるような声だった。
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やがて三人は、深い森に入った。
森は不気味なほど静かで、鳥の鳴き声すら聞こえない。
「気味が悪いな」
カインが剣の柄に手をかける。
木々の間から差し込む陽光も、どこか薄暗い。
「妙な気配を感じます……」
ミリアが震え声で言う。
空気が重く、息苦しい。
その時だった。
「待て」
突然、声が響いた。
三人はすぐさま身構える。
木々の間から、長身の騎士が漆黒の馬に跨って現れた。
黒く光る甲冑に身を包み、立派な兜を被っている。
その威圧感は尋常ではなく、三人は息を呑んだ。
「誰だ?」
カインが剣の柄に手をかけ、警戒の声を上げる。
ジークはスクラマサクスを構える。
だが、甲冑の騎士は手を上げて三人を制した。
「敵意はない」
騎士は静かに馬から降り、ゆっくりと兜を外した。
三人は驚愕した。
兜の下から現れたのは、恐ろしいほどに美しい、人間の青年の顔だった。
漆黒の短い髪に黒い瞳、真っ直ぐに通った鼻筋。
見事に整った顔立ちは、まるで彫刻のようだ。
「え……人……?」
ミリアが思わず声を出す。
「私は冥将軍アルドベリヒ」
青年は名乗った。
その声は低く、どこか憂いを帯びている。
「冥将軍だと!?」
三人が身構える。
だが、青年からはまるで敵意が感じられなかった。
「お前たちが、血紅公と鱗王を倒したのか」
アルドベリヒが問いかける。
「そして、連れ去られた娘を探しているとも」
三人は顔を見合わせた。
なぜ冥将軍と名乗るこの青年が、そんなことを知っているのか。
だが、次に彼の口から出た言葉は、そんな疑問を吹き飛ばすほどの衝撃だった。
「血紅公ヴァルターと鱗王グラドラスを殺したのは、魔王自身だ」
「なんだって!?」
カインが驚く。
「そして、娘を連れ去ったのもな」
ジークの眼差しが、一瞬にして厳しくなった。
「……ちょうどいい、お前を探す手間が省けた。洗いざらい吐いてもらおうか」
「何度でも言う。私はお前たちに敵意はない」
アルドベリヒはその美しい眼差しを伏せた。
「魔王の力は強大過ぎる。私もヤツには逆らえはしない」
「……それは、どういう意味ですか?」
ミリアが訊ねる。
アルドベリヒは皮肉な笑みを浮かべた。
「次は私の番かもしれん、ということだ」
「…………」
三人は、慎重に相手の出方を伺う。
「魔王は、北の果て『ヴォイドクレイドル』にいる」
アルドベリヒは三人に向かって語った。
「そこに、娘は囚われている」
ジークが鋭く睨みつける。
「……なぜそんなことをわざわざ教える? オレたちがお前の言葉を鵜呑みにするとでも思うのか?」
カインも警戒を解かない。
「話がうますぎるな……冥将軍は魔王の忠実な腹心だと聞いていたが?」
ミリアも不安げな表情で見つめる。
「あなたは信用できるのですか?」
アルドベリヒは表情を変えずに言った。
「信じるも信じないも、お前たち次第だ。だが、他に手がかりがあるのか?」
アルドベリヒは兜を被り直し、再び馬の背に跨った。
そのまま森の奥へと引き返していく。
「待て!」
ジークが呼び止めようとしたが、冥将軍の姿はすでに木々の陰に消えていた。
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残された三人。
静寂が戻った森で、彼らは顔を見合わせた。
「……十中八九、罠だろうな」
ジークが呟く。
「しかし、他に手掛かりがないのも事実だ」
カインが逡巡する。
「どんな危険があっても、私は進みます」
ミリアが静かに、しかし強い意志をもって断言する。
「結衣さんが、そこで待っているかもしれないんです」
ジークは結衣の小石を握りしめた。
冷たい感触が、確かにそこにある。
「……行くぞ」
ジークが決然と言い放つ。
「たとえ罠でも、結衣に繋がる可能性があるなら、オレは行く」
ミリアとカインも頷いた。
三人は再び歩き始めた。
結衣との再会の兆しは、まだ見えない。
そして、それが希望なのか絶望なのかも、誰にも分からなかった。