第8話 狼を切り裂く二刀流
カドラスへの道は、思いのほか険しかった。
木々が生い茂る森を抜け、小さな丘を越える。
ようやく見えてきたのは、せせらぎが響く小さな川だった。
「ここらで休むか」
ジークが立ち止まり、荷物を下ろす。
結衣も疲れ果てた様子で、草の上に座り込んだ。
「ふー、疲れたー」
「まだ半日しか歩いてねぇだろ」
「だってー、こんな長時間歩くなんて初めてだしー」
ジークは呆れた顔で水筒を取り出した。
「水、汲んでくる」
川に向かうジークの背中を見送り、結衣は空を見上げた。
青い空に白い雲が浮かんでいる。
異世界でも、空の色は変わらない。
(ねぇ蒼、本当に魔王の情報、カドラスで手に入るかな?)
(きっと大丈夫だよ! 交易都市なら情報も集まるはず!)
(そうだといいけどねぇ……)
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川辺で水を汲んでいたジークが、ふと顔を上げた。
鋭い目が森の奥を警戒している。
「獣の気配が濃いな……」
結衣の肩に止まる蒼も、突然羽を震わせ始めた。
(結衣、近くで何か動いてるよ! ヤバい気配がする!)
蒼の小声に、結衣は身を固くした。
(え? 何?)
その時、茂みがガサガサと揺れ始めた。
木々の間から風が吹き抜け、葉擦れの音が不気味に響く。
ジークが素早く立ち上がり、結衣を振り返る。
「結衣!」
警告と同時に、茂みから灰色の影が飛び出してきた。
鋭い牙、赤く光る目、低く唸る声。
ウルフだ。
一匹ではない。二匹、三匹……計七匹が次々と現れる。
川の水面がその足音で揺れ、土が舞い上がる。
「うわっ!」
結衣が悲鳴を上げた。
ウルフたちはジークを狙い、一気に飛びかかる。
「結衣、下がってろ!」
ジークは両手にダガーを構えた。
右手には使い慣れた無骨なダガー。
左手にはゴルドが修理した、陽光を反射する鋭利な刃。
二刀流の構えが決まる。
「気をつけてね!」
結衣は叫び、近くの大きな木の陰に退避した。
「ガオオォォッ!」
先頭のウルフがジークに襲いかかる。
牙を剥き、唸りながら突進してくる。
ジークは一歩も引かず、前に踏み込んだ。
「来い!」
右のダガーが風を切り裂く鋭い音を立て、横に薙ぐ。
刃がウルフの首筋を捉え、鮮血が噴き出した。
左のダガーが喉元を突き刺す。
ゴリッ!
骨が砕ける感触が手に伝わる。
「ガルルッ!」
悲鳴と共にウルフが地面に崩れ落ちる。
だが、戦いは始まったばかりだ。
別のウルフが側面から襲いかかった。
ガキンッ!
ジークは左のダガーで牙を受け止め、弾く。
刃に反射した光がウルフの目を眩ませる。
ザシュッ!
その隙に右のダガーが胴を切り裂いた。
肉が裂ける音と共に、内臓が地面にこぼれ落ちる。
「ジーク、後ろ!」
結衣の叫びに、ジークは素早く身をひねる。
背後から飛びかかってきたウルフの牙が肩をかすめた。
「チッ!」
痛みに顔をしかめつつ、両手のダガーを交差させる。
首を挟み込み、刃を引き抜く。
ズシャッ!
ウルフの肉が裂け、断末魔が森に響き渡る。
血しぶきが木々の間から漏れる光に照らされ、赤く輝く。
残りの四匹がジークを取り囲んだ。
「ガルルルルル……」
円を描き、距離を測るように唸っている。
ジークは冷静に息を整え、構え直す。
「一気に来い……」
挑発するように呟くと、ウルフたちが一斉に飛びかかる。
ジークの動きが加速した。
ビュンッ!
体を回転させ、両手のダガーを振り回す。
刃が風を切り裂く音が連続し、まるで嵐のようだ。
右のダガーが一匹の牙を払い、左が目を抉る。
「ギャンッ!」
悲鳴が上がり、ウルフが後ずさる。
だが、ジークは止まらない。
ズシャッ! ドシャッ!
左のダガーで別のウルフの腹を突き刺し、右で胴を真っ二つに切り裂く。
血と肉が飛び散り、土が赤く染まる。
三匹目が怯んで尻尾を下げた瞬間、ジークが間合いを詰める。
ズシャァァァッ!
両方のダガーを振り上げ、背中から首まで一気に切り裂く。
最後のウルフが逃げようと背を向ける。
ジークは冷たく見据え、一歩踏み込んで右のダガーを振り下ろす。
ドゴンッ!
ウルフの頭蓋が砕け、地面に沈んだ。
刃の鋭い音とウルフの唸り声が響き合い、数分で群れは全滅した。
森が再び静寂に包まれる。
ウルフの死骸が街道に散らばっている。
ジークは息を整えながら額の汗を拭った。
「ジーク、大丈夫? 怪我してない?」
結衣が木の陰から駆け寄ってくる。
役に立てないのがほんのちょっと悔しかった。
「かすり傷だ。問題ねぇ」
ジークは肩の傷を応急処置した。
そしてウルフの死骸に近づく。
ナイフを取り出し、牙を一本ずつ抜き取る。
その手つきは慣れたものだ。
「何するの?」
「ウルフの牙は鍛冶屋がダガーや小剣の柄に使うからな。高値で売れる」
さらに毛皮を丁寧に剥ぎ取っていく。
「これもいい金になる」
「すごいね、ジーク。戦闘だけじゃなくて、こういうことにも詳しいんだ」
「そりゃこれで食ってるからな」
結衣が感心した様子で見ていると、地面に転がるいくつかの青い小石が目に入った。
「あれ? これ、綺麗だね」
結衣は小石を拾い上げ、光にかざす。
前にゴブリンが持っていた赤石に似ている。
「どれ?」
ジークが覗き込み、軽く頷く。
「例のクズ石か。もしかしたらお前の武器になるかもな」
蒼が結衣の耳元で小声で囁いた。
(その青い石、拾って!)
(えっ?)
(アイススピアっていう魔法の石! 一回だけ氷の槍を放つ力があるから、持っておいて!)
(マジ!? やったぁ! アイテムゲット!)
結衣は嬉しそうに数個の青石をバッグにしまった。
「次は私も戦えるよ、ジーク!」
ジークが苦笑する。
「小石くらいで現金なもんだな。ま、多少はアテにしてるよ。ほら行くぞ」
ダガーを鞘に収め、ジークは荷物を背負った。
結衣も立ち上がり、埃を払う。
「ねぇ、ジーク」
「ん?」
「さっきの戦い、すごくカッコよかったよ」
結衣の素直な感想に、ジークは少し目を逸らす。
「……うるせぇな。当たり前だろ」
結衣がクスクス笑う。
ジークは先に立って歩き出した。
結衣が追いかける。
(ねぇ蒼、アイススピアってどう使うの?)
(投げるだけだよ。氷の槍になって飛んでいくんだ)
(ファイアボールと同じ感じか。簡単で助かるわ)
カドラスまではまだ遠い。
だが、結衣の足取りは少しだけ軽かった。