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第79話 無気力男子と鱗王

「さあ、始めようか」


 グラドラスの全身が炎に包まれる。

 その威容は、まさに古代竜の再来だった。


「進化の果てを、その身で味わうがいい」


 四人は武器を構える。

 だが、その圧倒的な存在感に、足が震えて止まらない。


「みんな、行くぞ!」


 カインが叫び、ドラゴンスレイヤーを抜く。

 そのまま、剣を構えて駆け出す。

 黒曜石の刃が炎のように輝く。


「これが、俺たちの思いだ!」


 カインが剣を振り下ろす。


 だが――


「ふん」


 グラドラスが鼻で笑う。

 そして、強大な気を発した。


 ドォォォン!


 グラドラスが気を放った瞬間、カインの体が宙に舞った。

 衝撃波がカインを襲う。

 

「ぐあああっ!」


 ガシャァン!


 壁が砕け、カインの体がめり込む。


「ゴボッ……!」


 カインの口から血が溢れる。

 ドラゴンスレイヤーが床に転がった。


「カインさん!」


 ミリアが泣きながら駆け寄る。

 カインは意識を失い、血を流している。


「カインさん! カインさん!」


 ミリアが必死に呼びかけるが、カインは動かない。


「ふん、所詮は脆い人間か」


 グラドラスが冷笑する。


「次は誰だ?」


「てめぇ……っ!!」


 ジークの瞳が怒りに燃える。

 スクラマサクスを両手に構え、グラドラスに跳びかかる。


「二刀流奥義!」


 左右の刃が同時にグラドラスを襲う。

 刃が空を切り裂き、グラドラスの胸を狙う。

 しかし――


 ガキィン!


 グラドラスの鱗が刃を弾く。

 ジークの攻撃は、傷ひとつつけられない。

 

「虫けらが」


 グラドラスが拳を振り下ろす。

 それは恐ろしい速さで、ジークの腹を打ち抜いた。


 ドゴォン!


 ジークの体が地面に叩きつけられる。

 石畳が砕け、血飛沫が舞う。


「うぐっ……!」


「ジーク!」


 結衣が悲鳴を上げて駆け寄る。

 ジークは白目を剥き、意識を失っていた。


「ジーク、ジーク! お願い、起きて!」


 結衣が涙を流しながら揺さぶる。

 だが、ジークは動かない。


「これで二人か。つまらんな……」


 グラドラスが結衣を見下ろす。


(結衣! 銀色の小石を使って!)


 蒼が結衣の耳元で叫ぶ。


(え……?)


(サラマンダーを倒した時に拾った、あのレア小石だよ! ブリザードの力ならヤツに対抗できるかも!)


 結衣はハッとして、ショルダーバッグに手を突っ込む。

 奥の方に、冷たい感触の小石があった。


「もう、これしか……ない!」


 結衣が銀色に光る小石を握りしめ、グラドラスに向かって投げつける。


「ブリザード!」


 小石が空中で炸裂した。


 ゴォォォォォッ!


 天変地異レベルの魔法が発動する。

 凄まじい猛吹雪が竜の間を襲う。


 氷の刃が舞い踊り、全てを凍らせる冷気が辺りを襲う。

 猛吹雪は竜巻のように回転し、グラドラスに襲いかかる。

 温度が一気に氷点下まで下がり、溶岩の池が瞬時に凍りつく。


 竜の間全体が雪と氷に包まれ、壁が砕け、天井が崩れ落ちる。

 吹雪は建物を完全に吹き飛ばし、グラドラスの巨体を完全に飲み込んだ。


「やった……の……?」


 結衣が息を切らしながら呟く。

 竜の間が跡形もなく消え去り、氷の世界と化す。

 そこには一面の雪原が広がっていた。


「勝った……?」


 ミリアが震え声で言う。


 その時――


 どこからか氷が割れる音が響いた。


 パキパキパキ……


 雪原の中央から、巨大な影が立ち上がる。


 グラドラスだった。


 傷ひとつない。

 鱗は赤黒く輝き、筋肉は盛り上がったまま。

 まるで何事もなかったかのように。


「うそ……でしょ……」


 結衣の顔が青ざめる。


「少しはやるかと思ったが、所詮は劣等種族か。期待外れだったな」


 グラドラスが鼻で笑う。


「こんな粉雪程度で、我を倒せると思ったか?」


 絶望が、結衣の胸を締めつける。

 最後の切り札も、通用しなかった。


「そんな……」


 結衣が膝をつく。

 涙が頬を伝って落ちる。

 心はもう、折れかけていた。


 だが、しかし――


 結衣は失神したジークを見つめた。

 血まみれで、息も絶え絶えだ。

 でも、まだ生きている。


「……私が、守らなきゃ」


 結衣は立ち上がった。


「ほう?」


 グラドラスが目を細めた。

 震える足で、結衣はジークの前で両手を広げ、立ちはだかる。


「お前ごときに何ができる?」


 グラドラスが嘲笑する。


「何も……できないかもしれない」


 結衣が涙を拭う。


「でも、みんなを……ジークを死なせるわけにはいかない!」


 グラドラスの目が、さらに細くなる。


「……面白い。では貴様に、我が進化の証明を見せてやろう」


 グラドラスが両腕を広げる。

 その瞬間、圧倒的な気が放たれた。


 ドゴゴゴゴゴ!


 空気が震え、地面が割れる。

 その威圧感は、まさに古代竜そのものだった。


 ドォォォォォン!


 空気が震え、地面が割れる。

 驚異の圧力に、結衣とミリアの体が浮き上がる。


「ううっ……」


 結衣の意識が遠のく。


「結衣……さん……」


 ミリアも、その場に崩れ落ちる。


「これが、真の力だ」


 グラドラスが勝ち誇る。

 もはや、動けるものはいない。

 グラドラスが手を上げ、最後のとどめを刺そうとする。


 その時――


 突如、空間が歪んだ。

 そして、よく知った青年が現れた。


 銀髪のショートヘアに、透明な銀色の瞳。

 透き通った白い肌に、整った顔立ち。

 どこか儚げな雰囲気を纏っている。


「レイ……どうして……」


 意識を失いかけた結衣が、かすかに呟く。


「きっ……貴様! なぜここに!」


 グラドラスは驚愕した。

 その目に、初めて恐怖の色が浮かんだ。

 巨体が、わずかに後ずさる。


「貴様……まさか……」


 レイはグラドラスを見ていない。

 ただ、結衣だけを見つめている。


「我はお前を超える!」


 グラドラスが咆哮し、レイに襲いかかる。


「我が古代竜の力を見よ!」


 拳に炎を纏い、全力で振り下ろす。


 だが――


 レイは一言も発しない。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()


 パチン。


 次の瞬間、眩い光が天から無数に降り注いだ。

 強烈な光の矢に次々と打たれ、グラドラスの体はあっけなく崩れ落ちてゆく。

 鱗が粉々に砕け、形を保てなくなった筋肉が、灰となって散る。


「馬鹿な……我の……進化が……!!」


 グラドラスの声が途切れる。

 その体はチリひとつ残すことなく、完全に消滅した。


 同時に、要塞全体が震える。


「何だ! 何が起きているのだ!」


「何だこれは! 体が消えていく……!」


「ひぃっ! 助けてくれ……!」


 ドラゴニュート、オーク、トロール。

 全ての軍勢が、グラドラス同様、光に打たれて消え去った。


 グラドラスの『強者の哲学』も。

 長年かけて築き上げた『進化の証』も。

 レイの無関心な暴力の前に、何の意味も持たずに消え去った。


---


「危ない真似はしないでって言ったのに……」


 静けさに包まれた空気の中で、レイが小さくため息をつく。

 そして、気を失って倒れている三人の姿を、冷めた眼で一瞥した。


「コイツらがいるから、君は無茶をするんだね」


 レイはそのまま、意識を失った結衣に近づく。

 その髪を、そっと撫でる。

 レイの手は、驚くほど優しかった。


 レイは結衣を静かに抱き上げる。

 優しいキスをひとつ、その額に落とす。

 その様子は、一枚の絵画のように美しかった。


 そして、レイは振り返ることなく歩き去る。

 空間が再び歪み、ふたりの姿が消える。

 後には、静寂だけが残った。


 カイン、ミリア、そしてジーク。

 倒れ伏した三人の姿が、氷原の上に取り残されている。

 彼らの大切な仲間は、今はもういない。


 灼熱の地に吹雪が舞い、氷のかけらが飛び散る。

 ドラゴンズスケイルの戦いは、こうして幕を閉じた。

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