第78話 古代竜の再来、鱗王降臨
暗い通路を駆け抜けた四人の前に、巨大な石の扉が現れた。
扉の向こうから、低い唸り声が響いてくる。
それは人間のものではない。
獣でもない。
何か、もっと恐ろしいものの声だった。
「……この奥に何がある?」
カインが眉をひそめる。
「嫌な予感しかしねぇな」
ジークがスクラマサクスを握りしめる。
扉には古代の文字が刻まれている。
カインが読み上げる。
「『竜の間』……」
四人は顔を見合わせた。
扉が重々しく開く。
その向こうに広がっていたのは、巨大な円形の部屋だった。
中央には溶岩の池。赤い炎が天井まで立ち上り、石壁を照らしている。
空気は灼熱で、息をするだけで喉が焼ける。
そして――
溶岩の中に、ひとつの影があった。
「あれは……」
結衣が息を呑む。
それは、人の形をしていた。
だが、人間ではない。
身長は二メートル半を超える巨体。
全身が深紅と黒の鱗に覆われ、筋肉は岩のように隆起している。
背中には巨大な傷跡が古代竜の紋章を描き、右腕には無数の刻み目が刻まれている。
頭には竜角の兜。
それは伝説の古代竜の角で作られたもの。
黄金の瞳が、獲物を見定める猛禽類のように鋭く光る。
「……鱗王グラドラス」
カインが低く唸る。
グラドラスが溶岩から立ち上がる。
肉体が軋み、鱗が剥がれ、そして再生する。
その過程で、筋肉がさらに膨れ上がる。
「グォォォォォ……」
咆哮が洞窟を震わせる。
四人の足元が崩れ、石の欠片が雨のように降る。
「これが……竜化の儀式……」
ミリアが震え声で呟く。
グラドラスが振り返る。
黄金の瞳が四人を捉えた。
「ほう……虫けらどもが、よくここまで来たものだ」
声は低く、地響きのような威圧感がある。
「だが、ここで見たものが、お前たちの最期の光景となる」
その時、傷ついたドラゴニュートが部屋に転がり込んできた。
カインのドラゴンスレイヤーで斬られた兵士だった。
「グ、グラドラス様……申し訳ございません……人間どもに……」
グラドラスが振り返る。
その目に、一瞬の軽蔑が浮かぶ。
「弱さを見せるとは、愚かな」
次の瞬間、グラドラスの拳がドラゴニュート兵士の頭を砕いた。
ドゴォン!
血飛沫が石床を染める。
ドラゴニュートの体が崩れ落ちる。
「弱者に生きる価値などない」
グラドラスが冷然と言い放つ。
その眼には、一片の憐れみもない。
「弱さは進化の敵だ。我が軍に弱者の居場所はない」
グラドラスが冷徹に言い放つ。
「……ひどい」
結衣が震える。
「同族なのに……」
ミリアが涙を浮かべる。
グラドラスが笑う。
「同族? あれはただの劣等種だ。我こそが真のドラゴニュート。いや、それを超えた存在だ」
グラドラスが溶岩から完全に立ち上がる。
その威容は、まさに古代竜を思わせる。
「我は毎夜、この溶岩に身を沈める。肉体を焼き、骨を砕き、そして再生させる。痛みこそは進化の糧だ。弱者どもには理解できまい」
「……どうして、こんなことするの?」
結衣が震え声で尋ねる。
グラドラスの目が、炎のように燃え上がった。
「古代竜の復活」
グラドラスが両腕を広げる。
「お前たちのような劣等種族には到底理解できまい。だが、教えてやろう」
グラドラスが背中の傷跡を撫でる。
「これは我が刻んだ古代竜の紋章。苦痛を乗り越えた者のみが、真の強者となれる」
右腕の刻み目を指差す。
「これは我が超えた限界の数。千を超える試練を乗り越え、我は完璧に近づいた」
黄金の瞳が聖なる光を放ちながら、口元は歪んだ笑みを浮かべる。
「ドラゴニュート以外の種族は、進化に失敗した劣等種に過ぎん。強者が弱者を支配するのは、自然の摂理だ」
グラドラスが一歩前に出る。
その圧迫感に、四人は後ずさる。
「力なき者に生きる価値はない。戦闘能力のみが、個の存在意義を決定する。知性や文化など、しょせん弱者の慰めに過ぎん」
「違う!」
カインが叫ぶ。
「力だけが全てじゃない! 仲間との絆、思いやり、それこそが本当の強さだ!」
グラドラスが鼻で笑う。
「絆? 思いやり? それは弱者の理論だ。我はひとりで全てを成し遂げた。誰も頼らず、誰も愛さず、ただ強さのみを追求した」
グラドラスが竜角の兜を撫でる。
「我こそが古代竜の真の後継者。血統への絶対的な誇り、それが我を支えている」
「でも、古代竜は孤独に死んだって……」
結衣が震え声で言う。
「孤独? それは強者の証だ」
グラドラスが胸を張る。
「古代竜もまた、孤独だった。最強と孤独は、常に一体なのだ」
グラドラスの目が狂気に輝く。
「世界を古代竜の理想郷に戻すことが、我の使命だ。そのためなら全種族の犠牲も厭わない。我の行為は神聖な浄化なのだ」
「……狂ってる」
結衣が呻く。
「狂気? それこそが真理だ。お前たちの血は弱く汚れている。我が炎で浄化してやろう」
グラドラスが手を上げる。
その手のひらに、炎が宿る。
「力だけが全てなら、お前に従う奴はいねぇな」
ジークが挑発する。
「弱者の妄言だな。絶対的な力の前では反抗に意味などない」
ミリアが問いかける。
「……あなたの進化の果てに残るものは、いったい何ですか?」
グラドラスは、弱者に対する明らかな軽蔑の眼差しを向けた。
「純粋な力だ。それ以外に何が必要だ?」
カインがドラゴンスレイヤーを握りしめる。
「お前の力の傲慢は、許せない」
グラドラスが興味深そうに見つめる。
「ほう、その剣……『竜殺し』か、面白い。だが、我には通用しまい」
グラドラスが咆哮を上げる。
「グォォォォォォ!」
洞窟全体が震え、天井から石が降り注ぐ。
「さあ、始めようか」
グラドラスの全身が炎に包まれる。
その威容は、まさに古代竜の再来だった。
「進化の果てを、その身で味わうがいい」
四人は武器を構える。
だが、その圧倒的な存在感に、足が震えて止まらない。
絶望的な戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。