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第76話 炎の刻印、竜殺しの剣

 オークの怒号が遠ざかっていく。

 四人は石壁の隙間に身を潜め、息を殺していた。

 汗が額を伝い、心臓の鼓動が耳に響く。


 その時、石壁の向こうから手が現れた。

 しわがれた手が、四人を手招きしている。


「こっちだ。急げ」


 低くかすれた声。

 灰色の髭を蓄えた小柄なドワーフが、四人を見つめていた。

 左腕には深い火傷の痕。

 古い傷だが、まだ赤く腫れている。


「……誰だ?」


 ジークが警戒する。


「エド。ドワーフの鍛治職人だ。お前たちを助けに来た」


 エドは振り返ると、石壁の隙間を指差す。


「地下通路がある。ここを通れば、オークに見つからずに済む」


 四人は顔を見合わせた。

 信用していいのか?


「……なぜ、俺たちを助ける?」


 カインが問う。


「理由は後で話す。今は急げ」


---


 地下通路は狭く、湿っていた。

 石の壁からは水滴が滴り、足音が反響する。

 エドが松明を掲げ、四人を導いていく。


 やがて通路の先に、赤い光が見えてきた。

 火炉の炎だ。


 工房地区に足を踏み入れると、熱気が顔を打った。

 ゴンゴンと鉄を叩く音が響き、汗と油の匂いが鼻をつく。

 火炉の炎が赤く揺らぎ、影が壁に踊る。


 そこには、十数人のドワーフ職人たちがいた。

 みな疲れ果てた顔をしている。


「……奴隷か」


 ジークが唇を噛む。


「そうだ。ワシらは鱗王に働かされておる」


 エドが苦々しく言う。


「それで、あの、どうして助けてくれたんですか?」


 結衣が首をかしげる。

 エドはジークを見つめた。


「お前、その短剣を見せろ」


 ジークがスクラマサクスを抜く。

 エドがまじまじと見つめ、目を細める。


「……ジノカリアの作だな」


「知ってるのか?」


「ジノカリアはワシの古い友人だ。ヤツの作品は見間違えん」


 エドが頷く。


「やはりお前たちはジノカリアの継承者か……ならば信用できる。着いてきてくれ」


---


 エドは四人を工房の奥に案内した。

 他のドワーフたちも集まってくる。

 みな好奇の目で四人を見つめていた。


「こいつらは外から来た。ワシらの味方だ」


 エドが仲間たちに説明する。

 ドワーフたちがほっと息をつく。


「外の世界は……どうなってる?」


 ひとりのドワーフが震え声で尋ねる。


「まだ希望はある。抵抗勢力(レジスタンス)は健在だ。それに、ヴァルディア軍とアルヴァニス正規軍に同盟を呼びかける使者も送った」


「おお……」


 カインが力強く答える。

 ドワーフたちの目に、わずかな光が宿る。


「そうか……まだ終わってないのか……」


 エドが水の入った革袋を差し出す。


「まず、これを飲め。話はそれからだ」


 四人は水を飲み、ほっと一息つく。

 ミリアがドワーフたちの傷を見て、薬草を取り出した。


「手当てしましょうか?」


「それはありがたい。だが、傷が治っていることを奴らに悟られると面倒なことになる」


 エドが苦笑する。

 そして重い口を開いた。


鱗王(りんおう)グラドラスは、己を『生きた竜』に変えようとしている」


 四人が息を呑む。


「奴は毎夜『竜の間』で儀式を行っている。己の肉体を溶岩で焼き、骨を砕き、再生させる。ドラゴニュートを超えた存在になろうとしているんじゃ」


「……そんなことが可能なのか?」


 カインが眉をひそめる。


「奴の体は、もうただのドラゴニュートじゃない。鱗は鋼鉄より硬く、筋肉は岩より強い」


 エドが壁に掛かった古い巻物を指差す。


「古代竜の伝説を知ってるか?」


「俺たちはまさに、それを調べていたところだ」


 カインが身を乗り出した。

 エドが巻物を広げる。


 そこには、巨大な竜の絵が描かれていた。

 黒い鱗に覆われ、翼を広げると山をも覆う。

 目は炎のように赤く、口からは業火を吐いている。


「古代竜は、かつてこの世で最も強い存在だった。尾の一振りで山を砕き、息吹で海を沸騰させた。空を飛び、大地を焼き尽くし、すべてを支配した」


 結衣が震え声で呟く。


「そんな化け物が……本当にいたんですか?」


「伝説によれば、な。だが古代竜は、力に溺れて最後は孤独に死んだ。誰も近づけず、誰も愛せず、ただ一人で朽ち果てた」


 エドが巻物を巻き直す。


「鱗王は、その愚を繰り返そうとしている。奴は『最強』という名の狂気に囚われておる」


「どうしてそんなことを?」


 結衣が問う。

 エドは首を振った。


「鱗王の考えることは、ワシにも分からん。だが、奴が本物の竜になれば、この世界は終わりだろうな」


 エドは立ち上がり、工房の奥へと向かう。

 四人もついていく。


 奥の部屋には、黒い布に包まれた何かが置かれていた。

 エドがそっと布を取り除く。


 そこには、美しい剣があった。


 刀身は黒曜石のように黒く、刃は鏡のように磨かれている。

 柄には竜の頭が彫られ、鍔には炎の刻印が刻まれている。

 刀身全体には、古い紋様が刻まれていた。


「これは……」


 カインが息を呑む。


「ドラゴンスレイヤー。別名『竜殺し』。その名の通り、竜を殺すために作られた剣だ」


 エドの声が震える。


「ワシが息子と一緒に作った。魂を込めてな」


 エドの手が微かに震える。


「息子は、鱗王の部下に殺された。出来の悪い武器を作ったと言いがかりをつけられてな」


 工房に重い沈黙が降りる。


「ゆえに、この剣をお前に託す。必ず鱗王を仕留めてくれ」


 カインが剣を受け取る。

 ずしりとした重さ。

 だが、それは金属の重さではない。

 ドワーフたちの想いの重さだった。


「分かった。必ず約束を果たそう」


 カインが剣を握りしめる。


「ああ、頼んだ」


 その時、通路の奥から足音が響いてきた。

 オークの怒号が聞こえる。


「見つかったか……」


 エドが舌打ちする。


「裏道を通れ。ここはワシらが食い止める」


 ドワーフたちが工具を手に取る。

 ハンマー、やすり、鉗子。

 鍛治の道具も、ドワーフの手にかかれば立派な武器だ。


「お前たちを信じる! 行け!」


 エドが叫ぶ。


「必ず戻ってくる!」


 カインが応じる。

 四人は暗い通路を駆け抜けた。

 背後で、鉄器のぶつかる音と怒号が響く。


 ドラゴンスレイヤーが、カインの腰で静かに光っていた。

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