第75話 灼熱の死闘! トロールの咆哮
奴隷生活、五日目の朝。
焼けた石畳に、汗と埃がまとわりつく。
空は灰色、火山の煙が空を覆い、太陽の光は鈍く濁っている。
「……今日、決行する」
カインが三人に目配せする。
作業場の隅、ジークが壁に背を預けて周囲を見回す。
結衣は手のひらの血豆を気にしながら、ミリアと目を合わせた。
「ジーク、荷物の場所は?」
「北側の倉庫。監督の詰所の裏だ。巡回の死角は三分ごとに来る。タイミングを見計らう」
「脱出ルートは?」
「西の壁沿いだ。あそこなら混乱に乗じて抜けられる」
カインは小さく頷いた。
「みんな、絶対に生きて帰ろう!」
四人は手を合わせた。
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昼下がり――
オークが怒号を飛ばし、奴隷たちに石を運ばせている。
「ジーク、今だ」
カインが目配せする。
ジークは素早く身をかがめ、倉庫の影に滑り込んだ。
足音を殺し、壁伝いに進む。
詰所の裏、粗末な木箱の中に、見覚えのある荷物が積まれていた。
「よし……」
ジークは全員分のバッグと武器を回収し、背中に背負う。
監督のオークが背を向けた瞬間、ジークは作業場へと駆け戻った。
「持ってきた。全部揃ってる」
息を切らしながら、ジークが荷物を差し出す。
「サンキュ、ジーク!」
結衣がショルダーバッグを抱きしめる。
ミリアも薬草袋をしっかりと抱えた。
「よし、行くぞ」
カインが剣を抜いた。
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監督のオークがこちらに気づいた。
「おい、お前ら! 何をしている――!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、カインとジークが同時に駆け出す。
カインの剣がオークの棍棒を弾き、ジークの短剣がオークの体を切り裂く。
「ぐああっ!」
オークが悲鳴を上げて倒れる。
他のオークたちが騒ぎに気づき、怒号が作業場に響き渡る。
「何だ!」
「何が起こっている!」
結衣はショルダーバッグから赤石を取り出す。
手のひらに汗がにじむ。
「当たれ! ファイアボール!」
赤石をオークの群れに向かって投げつける。
ゴォッ!
爆炎が巻き起こり、オークたちが炎に包まれた。
「うわあああっ!」
「熱い! 何だこれは!」
オークたちが混乱し、あちこちを転げ回る。
「今だ、逃げろ!」
カインが叫ぶ。
奴隷たちは顔を見合わせたが、次の瞬間、全員が走り出した。
そして一斉に、壁際へと殺到する。
だが、逃げる奴隷たちを追いかけるオークが数人現れた。
カインはミリアに視線を向けた。
「ミリア、頼む!」
「はい!」
ミリアが小瓶を取り出し、奴隷を追うオークの背後から麻痺薬を投げつける。
パリン!
薬瓶が割れ、白い煙がオークたちの顔に広がる。
「ぐっ……痺れる……」
「体が動かない……」
オークたちがその場に崩れ落ちる。
「ナイス、ミリア!」
結衣が親指を立てる。
その間に奴隷たちはオークの手から無事逃げ切った。
だがその時、地響きが作業場全体を揺らした。
ズシン、ズシン――
巨大な影が、オークたちの背後から現れる。
「……トロールだ!」
カインが叫ぶ。
トロールは身の丈三メートルを超える巨体。
灰色の皮膚には無数の傷跡。
腕は丸太のように太く、手には鉄杭ほどの棍棒を握っている。
「こいつは……ヤバいぞ……」
ジークが唾を飲み込む。
トロールが咆哮を上げた。
「グォォォォォッ!」
鼓膜が破れそうな轟音。
逃げる奴隷たちが恐怖で立ちすくむ。
「奴隷たちを逃がすんだ! 俺たちが食い止める!」
カインが剣を構え、ジークが左右に展開。
ミリアが麻痺薬を握りしめ、結衣が小石を手に取る。
トロールが棍棒を振り下ろした。
ドガァァン!
地面が砕け、土埃が舞い上がる。
棍棒が地面にめり込み、石が粉々に砕け散る。
その衝撃で足元が揺れた。
ジークが素早く横に跳び、トロールの足元に回り込む。
「結衣、今だ!」
「分かった!」
結衣が赤石をトロールの顔面に投げつける。
「ファイアボール!」
ゴッ!
赤石がトロールの鼻先に直撃した。
爆炎がトロールの顔を包む。
トロールが怒り狂って暴れまわる。
「グォォォッ!」
棍棒が振り回され、ジークがギリギリでかわす。
「ジーク、右脚の腱を狙え!」
「任せろ!」
ジークがトロールの脚に走り寄り、スクラマサクスで腱を切り裂く。
ズバッ!
トロールが膝をつく。
ジークが叫ぶ。
「やれ、カイン!」
カインが全力で駆け、倒れたトロールの首筋に剣を突き立てる。
「これで終わりだ!」
グサッ!
剣が肉を裂き、トロールが断末魔の叫びを上げる。
「グォォォォォ……!」
トロールの巨体が地面に崩れ落ちる。
パキィン――!
トロールの絶命と同時に、カインの剣が鋭い音を立てて折れた。
カインは息を切らし、折れた剣を見つめる。
「やったの……?」
結衣が呆然とつぶやく。
「いや、まだだ……」
ジークが耳を澄ます。
ドドドドド――!
地鳴りのような足音が、要塞の奥から迫ってくる。
「オークの大群だ!」
カインが叫ぶ。
「急げ、ここから離れろ!」
四人は暗い通路へと駆け出した。
背後で、オークたちの怒号と地響きが追いかけてくる。
闇の中、息を切らしながら、四人は必死に走った。