第74話 孤高の伝説、古代竜の謎
奴隷生活三日目の夜明け。
オークの怒号が、石壁に響き渡る。
「起きろ! 働け! 死にたくなければさっさと動け!」
鞭がバシンと空を切る音。
奴隷たちがびくっと身を震わせ、慌てて立ち上がる。
結衣も目をこすりながら体を起こす。
床に寝ているせいで、体のあちこちが酷く痛む。
(うう……体中が痛い……)
(おはよう、結衣! 今日も地獄の一日の始まりだね!)
蒼が結衣の肩に止まって囁いた。
(おはようじゃないわよ! アンタも神様ならこの状況をなんとかしなさいよ!)
(なんとかしてあげたいのはやまやまなんだけど、今の僕はただのマスコットだからね!)
(……朝から疲れた。アンタの相手なんかするんじゃなかったわ)
結衣が小声で愚痴る。
隣でミリアが手を押さえる。
昨日の重労働で、手のひらは血豆だらけ。
包帯も薬もない。
「本当にすまない、ミリア。君をまたこんなつらい目に合わせてしまって……」
「いいえ、これは私が選んだ道です。カインさんと一緒ですから苦になんてなりませんよ」
カインがミリアの手を握りしめる。
ミリアは痛みをこらえて微笑んだ。
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朝食は相変わらず、石のように硬いパンと鉄臭い水。
パンは噛んでも粉になるだけで、飲み込むのがやっと。
水は生ぬるく、舌にざらつく感触が残る。
「これ、もう食べ物じゃなくない?」
結衣は心底嫌そうにパンをかじる。
「食わないと倒れる。倒れたらアレだぞ」
ジークが顎で死体の山を指す。
広場の隅には、昨夜また新しい死体が積まれていた。
昨日まで隣で石を運んでいた、若い男の奴隷。
オークの命令で、他の奴隷が死体を外へ引きずっていく。
「…………」
四人は、声もなくその光景を見つめていた。
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作業が始まる。
今日は採掘場での石切り作業だ。
地下の暗い坑道で、つるはしを振るう。
ガンガンと石を叩く音が響く。
汗と埃で視界がかすむ。
つるはしは重く、振り下ろすたびに肩が痛む。
「もっと早く! 手を抜くな!」
隣で作業していた獣人の奴隷が、疲労でよろめいた。
オークが即座に鞭を振り下ろす。
バシン!
獣人の背中に赤い線が走る。
「うっ……」
獣人が膝をつく。
「立て! 働け!」
オークが容赦なく蹴りつける。
ミリアが思わず駆け寄ろうとするが、カインが腕を掴んで止める。
「だめだ。目をつけられる」
「でも……」
「今は我慢してくれ、頼む」
ミリアの目に涙が浮かぶ。
薬草も包帯もない。
何もできない自分が歯がゆい。
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昼休み。
奴隷たちは坑道の隅で、ぐったりと座り込む。
ジークはオークの動きを観察していた。
「あいつら、三十分おきに巡回しているな。見張りの死角は……」
カインは他の奴隷たちに話しかけていた。
「この要塞のこと、何か知らないか?」
「そんなことを知ってどうする? どうせ死ぬまでここでこき使われるだけだ」
奴隷は乾いた笑いを漏らす。
結衣は、自分たちが偵察に来たことへの罪悪感に苛まれていた。
(私たちは情報を集めるためにここにいるけど、みんな本当に苦しんでる。助けられないのがもどかしいよ)
(いつかチャンスはやってくるよ! 今は耐えよう!)
蒼は珍しく、慰めるように囁いた。
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夜――
奴隷居住区に戻ると、全身が鉛のように重い。
四人は檻の隅に集まった。
他の奴隷たちも、疲れ果てて横になっている。
その時、広場の片隅で古株の奴隷たちがひそひそと話しているのが聞こえた。
「また『竜の間』から叫び声が聞こえたらしいぞ」
「鱗王が儀式をやってるのか?」
「ああ。なんでも自分の体を竜に変えるって話だ」
結衣たちは耳をそばだてる。
「竜って……実在するのか?」
「昔はいたらしい。空を覆い、大地を焼き尽くしたとか……」
「古代竜の伝説だな。鱗王はその力を手に入れようとしてるんだろう」
「世界征服でも企んでるのか……いずれにしろ俺たちには関係ない話だな」
四人は顔を見合わせる。
これは、求めていた情報だろうか?
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翌日の採掘作業中。
坑道の壁に、古い壁画が刻まれているのを結衣は発見した。
巨大な竜が空を飛び、炎を吐き、地上では人々が逃げ惑っている絵。
竜の鱗は黒く、目は炎のように赤い。
翼を広げると、山をも覆うほどの大きさ。
「これって、竜……?」
結衣が息を呑む。
壁画の隅に、古い文字で何かが刻まれている。
カインが文字を読み上げた。
「『竜は力なり。力は進化なり。進化は孤高なり』……」
「孤高、ですか?」
ミリアが首をかしげる。
「竜になるってことなのか?」
ジークが眉をひそめる。
さらに奥の壁には、別の絵が描かれていた。
人間のような姿の者が、竜に変身していく過程。
最初は普通の人間。次に鱗が生え、最後に完全な竜の姿に。
「これ……もしかしてドラゴニュートのことじゃない?」
結衣が震え声で言う。
四人はオークに見つからないよう、密かに顔を見合わせた。
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その夜、四人は密かに話し合った。
「古代竜の伝説……これがドラゴニュートたちの秘密を解き明かす鍵だろうな」
カインが考え込む。
「鱗王は自分を竜に変えようとしてる。それが『竜の間』で行われてる儀式だ」
ジークも腕を組んだ。
「でも、なぜそんなことをするのでしょうか?」
ミリアが疑問を口にする。
「それはまだ分からない。だが、何かしら意味があるはずだ」
カインが答える。
「古代竜は、この世界で最強の存在……」
結衣は壁画の竜を思い出す。
あの巨大で恐ろしい姿。
もしも鱗王が、あんな化け物になったら――
「私たち、この情報を外に持ち帰らなきゃ!」
結衣が決意を露わにする。
「ああ。だがそれにはまず、ここを出る必要があるな」
ジークが頷く。
「ここからの脱出を試みよう。明日からは、逃げるチャンスを伺うんだ」
カインが一同を見回した。
三人は頷いた。
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翌朝、また新しい死体が積まれていた。
古代竜について話していた、古株の奴隷の一人。
栄養失調で倒れたらしい。
「彼を、助けられなかった……」
結衣が小さく呟く。
「情報を無駄にするな。必ずオレたちが外に伝える」
ジークが結衣の肩を抱く。
四人は、脱出の計画を練り始めた。
「絶対に、みんなで帰ろう」
カインが仲間を見回して言う。
三人が力強く頷いた。
遠くで、また死体を運ぶ音が聞こえる。
だが、四人の心には、希望の火が灯っていた。