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第70話 灼熱の大地を越えて

 朝焼けの空が、灼熱の大地を赤く染めていた。

 地面はひび割れ、赤茶けた土が靴底にまとわりつく。

 熱気が足元からじりじりと這い上がり、空気は乾ききっている。

 遠く、火山の煙がもくもくと空に溶けていく。


「ここが……鱗王(りんおう)領に近いとされる灼熱地帯か」


 カインが額の汗をぬぐいながら呟く。


「この暑さ、冗談じゃないぜ……」


 ジークがマントをバサリと振り、顔をしかめる。


「皆さん、水分はこまめに取ってくださいね」


 ミリアが荷物から小さな水筒を取り出し、みんなに回す。


「カーライルさん、アジトはどっちですか?」


 結衣が眩しそうに目を細める。

 カーライルは前を歩き、鋭い目で地平線を見据えていた。


「こっちだ。足元に気をつけろ。ここはモンスターの縄張りだ」


「モンスター……?」


 蒼が結衣の肩の上で羽を震わせる。


(この辺りのモンスターはヤバいよ!)


 その時、地面がゴゴゴ……と低く唸った。

 砂が盛り上がり、地表に巨大な影がうねる。


「下がれ! サンドワームだ」


 カーライルが低く叫ぶ。


 砂の中から、土色の巨大な体が姿を現す。

 太さは樽ほど、長さは馬車十台分。

 節くれだった体に無数の棘が走り、先端には円盤状の顎。

 顎の内側には鋭い歯が螺旋状に並び、砂を巻き上げて進むたび、地面が波打つ。


「ひゃあっ、でっか……!」


 結衣が思わず後ずさる。


「音を立てるな。ヤツらは振動でこちらの位置を特定する」


 カーライルが指で口元を押さえる。


 サンドワームは地表を這い、巨大な顎をガリガリと地面に擦りつける。

 熱風とともに、腐った肉のような臭いが鼻を突いた。


(ひっどい匂い……あれ、何食べてるの?)


(何でも食べるんじゃない? 石でも骨でも死体でも!)


 蒼が囁く。


「……あんなのに見つかったら、ひとたまりもねぇな」


 ジークが小声で呟く。

 カーライルが手を振り、岩陰へと誘導する。


「この岩の影を伝って進め。奴は視覚が弱い。音を立てなければ気づかれん」


 五人は息をひそめ、汗を流しながら岩陰を伝って進む。

 サンドワームが遠ざかると、全員がほっと息を吐いた。


「ふぅ……心臓が止まるかと思ったよ」


「これが毎日だったら、胃に穴が空くな」


 結衣とジークが顔を見合わせて苦笑する。


---


 さらに進むと、今度は岩の隙間から真っ赤な蛇が姿を現す。

 体長は大人の腕ほど、全身が炎のような鱗に覆われている。

 目は黄色く光り、舌先からは熱い湯気が立ち上る。


「フレイムバイパーだ。毒もある。注意しろ」


 カーライルが低く警告する。

 フレイムバイパーはじっとこちらを睨み、舌をチロチロと動かしている。

 岩肌に残る焦げ跡が、その危険性を物語っていた。


(ここ、ほんとにモンスターの楽園だね……)


(冗談言ってる場合じゃないと思うけど?)


(そうだね、気をつけなきゃ)


 結衣と蒼は小声で会話する。

 カーライルの指示で一行は岩陰に身を潜め、フレイムバイパーが去るのを待つ。


 やがてフレイムバイパーは消えた。

 全員がほっと息をつく。

 ミリアの額に、玉のような汗が浮かんだ。

 熱と緊張で、皆の顔に疲労の色が濃くなっていった。


---


 やがて日が傾き始める。

 カーライルが「ここなら安全だ」と選んだ岩陰で、五人は野営の準備を始めた。

 カインとジークが薪を集め、カーライルが火を起こす。


 結衣とミリアは乾燥肉とハーブを使って簡単なスープを作った。

 スープの湯気が鼻をくすぐり、乾いた空気にほのかなハーブの香りが混じった。


 焚き火の赤い炎が、みんなの顔を照らす。

 遠くでモンスターの咆哮が響いた。


「カーライル、あなたはどうしてあんな危険な場所にひとりでいたんだ?」


 カインが問いかける。


「ガレスの使者から、ブラッドヘイブンの新情報を得て生還した者がいると聞いた。真実を確かめたくてな。アジトの防衛は仲間に任せて、単身ガレスの元へ向かっていた」


 焚き火を囲み、四人は改めてブラッドヘイブンでの出来事を語った。

 血紅公ヴァルターの冷酷さ、管理された採血システム、人体実験の恐怖、そして人間とは次元の違う科学力についてミリアが語ると、カーライルは深く頷き、険しい顔になる。


「それは……確かに我々の戦力だけでは太刀打ちできないだろう」


「でも、諦めるわけにはいかない」


 カインが真剣な眼差しで断言する。


「そうだな。だからこそ、我々は種族の垣根を越えて連携する必要がある」


 カーライルの声が、焚き火の炎に重く響いた。


……


 夜が更けていく。

 今夜も互いに交代で見張りにつくことになり、結衣は星空を見上げていた。


「おい、交代の時間だぞ」


 ジークがやってくる。

 結衣はジークを見つめた。


「……ジークはさ、ここまで来て怖くないの?」


「……怖いに決まってんだろ。でも、怖いからっていまさら止まれるかよ」


 ジークが珍しく本音を語る。

 結衣も首を縦に振った。


「そうだよね! 私も、みんなと一緒なら大丈夫な気がする!」


「お前はいつも能天気だけどな」


「もう! 能天気は禁止!」


 ジークが笑い、結衣が口を尖らせる。


(ねぇ、いつになったらジークに告白するのさ。僕もう飽きちゃったよー)


 蒼が結衣の耳元で囁く。


(うるさいよ、蒼!)


 結衣は耳まで真っ赤になった。


---


 やがて夜が明ける。

 熱気が戻り始めた大地を、五人は再び歩き出す。

 汗が首筋を伝い、靴の中で足がじっとりと湿る。

 カーライルが先頭で、時折立ち止まりながら進路を見極める。


 ついに、岩山の中腹に、煙の立ちのぼる場所が見えてきた。


「あれが……アジト?」


「そうだ。もうすぐだ」


 カーライルの声に、四人が安堵の表情を浮かべる。

 一行は足取りも軽く、アジトに向かっていった。

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