第7話 手がかりなんてないじゃない!
ラグナスの武器屋は、町の中ほどにある小さな工房だった。
看板には『鍛治・工房』と書かれ、中からは金属を打つ音が響いている。
「ここだ」
ジークが扉を開けると、中には武器がびっしりと並んでいた。
壁には剣、斧、弓などが所狭しと掛けられ、作業場の奥では筋骨隆々のオヤジが武器を鍛えている。
「おう、ジーク!」
オヤジは作業を中断し、汗を拭きながら顔を上げた。
「頼まれてたダガー、直したぞ」
「サンキュ、オヤジ」
オヤジが指差した先に、ジークのダガーが置かれていた。
ジークはそれを手に取り、光に透かして確認する。
「悪くねぇ仕上がりだ」
「当たり前だ。俺の腕をなんだと思ってる」
オヤジは胸を張る。
そして結衣に気づいた。
「ジーク、この嬢ちゃんは誰だ? 彼女か?」
「……違ぇよ」
ジークは心底面倒くさそうに否定した。
「オレのツレだ。魔王の情報があったら教えてやってくれ」
「魔王?」
オヤジは眉をひそめた。
結衣が一歩前に出る。
「すみません、何かご存知ですか?」
「すまねぇなあ。特にこれといった話はないよ、嬢ちゃん」
オヤジは首を振った。
「ま、ここらじゃこんなモンだろ」
ジークが冷たく呟く。
結衣は肩を落とした。
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次に訪れたのは薬草屋。
小さな店内には様々な薬草の香りが充満していた。
「いらっしゃい」
カウンターには老婆が座り、何かの薬を調合している。
「回復薬を十個と、解毒薬を五個くれ」
ジークが言うと、老婆は棚から薬草袋を取り出した。
結衣はこの機会に尋ねてみる。
「すみません、何か魔王についての噂とかってありませんか?」
老婆は手を止め、結衣を見上げた。
「魔王? なんもないねぇ」
にべもない老婆の返事。
「期待するだけ無駄だ」
ジークが吐き捨てる。
結衣はまたもや肩を落とした。
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市場は人でごった返していた。
二人はパンと干し肉を買い込む。
「すみません、魔王の話ってありませんか?」
結衣が店主に尋ねると、男は首を振った。
「ここらでそんなモンに興味のある奴なんかいないよ」
「そうですか……」
店を離れた結衣は、肩の上の蒼に怒りをぶつけた。
(もう! 手がかりなんか全然集まらないじゃない!)
(期待はずれだったね! ドンマイ!)
蒼は軽く受け流す。
(アンタが言うからここまで来たんでしょ!?)
(町に行けば情報が集まると思ったんだよねー)
(何も考えてなかったってこと!?)
(そうとも言うね!)
結衣は深い深いため息をついた。
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翌朝。
「全然情報集まらないし! あーもーこれからどうしよう!」
結衣は宿のベッドに倒れ込み、天井を見つめる。
「こんなことで、本当に魔王なんて倒せるのかな……」
途方に暮れる結衣を見て、ジークが口を開いた。
「お前、そんなに魔王の情報が欲しいのか?」
「そりゃあもちろん欲しいよ……」
「……そんなに落ち込むことはねぇだろ。じゃあカドラスにでも行ってみるか?」
「カドラス?」
結衣が身を起こして聞き返す。
「ここよりずっとデカい交易都市だ。情報屋や傭兵も集まってる。そこなら何か聞けるかもな」
「ホント?」
結衣の目が輝く。
「それなら行く! 絶対行く!」
「そうか、じゃあ荷物まとめるぞ」
ジークは立ち上がり、自分の荷物をまとめ始めた。
(ねえ蒼、カドラスって知ってる?)
結衣が小声で尋ねると、蒼は首を傾げた。
(うーん、名前は聞いたことあるかも? 詳しくは知らないけど!)
(やっぱり役立たずじゃん!)
(細かい記憶は担当外だからね! でも君のことは応援してるよ!)
(……応援どうもありがとう)
蒼には皮肉も文句も通用しない。
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準備も終わり、ふたりはラグナスの町を出た。
カドラスはラグナスから数日南に歩いた交易都市。
市場は人で溢れ、情報屋や傭兵が集まる賑やかな町だという。
「カドラスまでは大きな街道を南に行けばいい。まあ三日ってとこだな」
ジークが地図を見ながら説明する。
「三日か……長いね」
「文句言うな。歩くしかねぇんだから」
結衣は深呼吸して、前を向いた。
「よーし! カドラスで絶対に魔王の情報をゲットしてやる!」
「ま、そのやる気だけは認めてやるよ」
ジークが小さく笑う。
結衣の肩では、蒼がウキウキと羽ばたいていた。
(カドラスはきっと素敵な町だよ! 楽しみだね!)
(アンタが言うと不安しかないわね)
結衣のツッコミも虚しく、ふたり(と一羽)の旅は続く。