第65話 王子の決断
朝日がアジトの窓から差し込む。
結衣は小さなあくびをしながら目を覚ます。
(おはよー、蒼)
窓際の青い鳥が羽を広げた。
(おはよう! 結衣、髪がぼさぼさだよ!)
(うるさいなー、朝からそんなこと言わないでよ)
結衣は手で髪を直そうとするが、余計にぐちゃぐちゃになった。
(あー、もうダメ! 蒼のせいだからね!)
(僕のせいじゃないよー!)
蒼がくるくると飛び回る。
結衣は苦笑いしながら、ようやく髪を整えた。
廊下に出ると、ジークが壁にもたれて立っていた。
いつものように無愛想な表情だ。
「おはよう、ジーク」
「ああ」
短い返事。
だが、結衣には分かる。
ジークなりに心配してくれているのだ。
「昨日の会議、すごかったね」
結衣が歩きながら言う。
「まぁ、無理もないだろうな」
ジークも歩き出す。
ふたり並んで廊下を進んだ。
「でも、きっと大丈夫だよね?」
結衣の言葉に、ジークが振り返る。
その表情はほんの少し優しかった。
「お前の能天気が羨ましいぜ」
結衣は口を尖らせる。
「また能天気って言った……」
「だが、今はそのくらいがちょうどいいんだろうな」
ジークは素直に認める。
「これからもっと大変になるだろうが……オレたちもやれることをやっていこう」
結衣は力強く頷いた。
「うん!」
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食堂では、カインとミリアが既に朝食を取っていた。
ふたりは向かい合って座り、静かに話している。
「ミリア、体調はどうだい?」
カインがミリアを気遣う。
「はい、おかげさまで」
ミリアの表情には、まだ疲労感が残っていた。
カインは手を伸ばし、ミリアの手に触れた。
「無理をしないでくれ。君が経験したことは、想像を絶するものだったはずだ」
ミリアは微笑む。
「ありがとうございます、カインさん。でも、大丈夫です。ヴァンパイアの真実を伝えることは、私の大事な使命ですから」
その時、結衣とジークが食堂に入ってきた。
「みんな、おはよう!」
結衣の元気な声が響く。
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朝食後、四人は中庭に出た。
アジトの住人たちが日常の作業をしている。
「お姉ちゃんが帰ってきた!」
子供たちが結衣に駆け寄ってきた。
人間の子、エルフの子、獣人の子。
様々な種族の子供たちが結衣を囲む。
「お姉ちゃん、どこに行ってたの?」
「お土産は?」
「また遊んでくれる?」
質問攻めにあう結衣。
だが、彼女は嬉しそうだった。
「みんな、元気だった? お姉ちゃんはちょっと遠いところに行ってたんだよ」
結衣は子供たちの頭を撫でる。
結衣の優しさに、カインたちも微笑んだ。
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午前中、再び会議室に集まった一同。
昨日と同じメンバーが顔を揃えている。
ガレスが口を開く。
「昨夜、我々抵抗勢力の間で話し合った結果だが……」
彼の表情は深刻だった。
「我々と同胞の全ての力を結集しても、魔王軍に対抗はできないだろう。より大きな力との連携が必要だ」
カインが頷く。
「その通りだ。抵抗勢力、ヴァルディア軍、そしてアルヴァニス王国の正規軍が足並みを揃えなければ、魔王軍討伐は不可能だ」
ベリンダが疑問を口にする。
「でも、どうやって各国と連絡を取るんだい? アタシたちにそんなツテはないぞ」
その時、カインが立ち上がった。
「その件で、皆に話さなければならないことがある」
会議室の空気が張り詰める。
カインは深呼吸した。
「俺は、アルヴァニス王国第二王子、カイン・アレクサンダー・ルイス・アルヴァニスだ」
静寂。
そして、爆発的な驚きの声。
「なんだって!?」
「王子だと!?」
ジノカリアが椅子から立ち上がる。
「まさか……本当なのか?」
ガレスも目を見開いている。
「カイン、君が王族だったとは……」
マーレーンが震え声で言う。
「それでは、我々は王子殿下と共に戦っていたということですか?」
エルフの長老も驚愕している。
「信じられん……」
カインは手を上げて静寂を求めた。
「皆、落ち着いてくれ。俺がこれまで身分を隠していたのには理由がある」
全員が注目する。
「魔王軍の偵察は、父であるアルヴァニス国王アルトリウス三世直々の極秘任務だった。王族であることを明かせば、任務に支障をきたす可能性があったのだ」
ガレスが理解したように頷く。
「なるほど……それで身分を隠していたのか」
ベリンダが尋ねる。
「結衣たちは知ってたのかい?」
結衣が頷く。
「うん、知ってた。でも秘密だったから」
ミリアも笑顔で言う。
「カインさんはカインさんです。王子様だからといって、何も変わりませんよ」
その言葉に、ガレスが頷いた。
「その通り。君たちはすでに我々の仲間だ、カイン。君が王子だろうが、それは変わらない」
他のメンバーも同意する。
「そうだ!」
「仲間は仲間だ!」
カインは安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう、皆」
ガレスが本題に戻る。
「それで、カイン。君の王子という立場なら、各軍との交渉も可能だろうか」
カインが頷く。
「こちらから、ヴァルディア軍司令官オズワルドと、父王アルトリウス三世および執政官である兄パーシヴァルに使者を送りたい。現状を伝え、同盟を提案する」
ガレスが即座に反応する。
「分かった。すぐに使者を選定しよう」
彼は振り返る。
「ジノカリア、適任者はいるか?」
ドワーフの戦士長が考える。
「森を迅速に移動できる者、エルフが良いだろう」
エルフの長老が頷く。
「我が一族から、優秀な者を選ぼう」
ベリンダも提案する。
「獣人も加えよう。危険察知に長けている」
ガレスが決断する。
「そうだな、エルフと獣人の混成部隊で行こう」
カインは懐から小さな印璽を取り出した。
王家の紋章が刻まれている。
「これで書簡に印を押す」
彼は羊皮紙に向かい、丁寧に文字を書き始めた。
ヴァルディア軍司令官オズワルド宛の書簡。
そして、父王アルトリウス三世と執政官である兄パーシヴァル宛の書簡。
現状の危機、ミリアがもたらした重大な情報、同盟の必要性。
全てが切々と綴られていく。
同時に、ガレスも他の抵抗勢力拠点への呼びかけの文書を作成していた。
「これで準備は整った」
ガレスが立ち上がる。
「使者たちを呼んでくれ」
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選ばれた使者たちがやってきた。
エルフの青年二人と、獣人の女性一人。
皆、精悍な顔つきをしている。
「君たちに重要な任務を託す」
ガレスが説明する。
「この書簡を、確実に届けてくれ」
カインも書簡を手渡す。
「よろしく頼む。この同盟が実現すれば、魔王軍を倒せるかもしれない」
使者たちは深く頭を下げた。
「必ず届けます」
エルフの青年が力強く答える。
「我々を信じてください」
獣人の女性も決意を込めて言った。
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使者たちは装備を整え、アジトを出発した。
森の中へと消えていく後ろ姿を、皆で見送る。
「これが第一歩だな」
ガレスが呟く。
カインも頷く。
「ああ。後は返事を待つだけだ」
結衣が不安そうに言う。
「うまくいくかな?」
ジークが結衣の肩を叩く。
「大丈夫だ。きっとうまくいく」
ミリアも微笑む。
「私たちの情報が、きっと役に立ちますよ」
四人は空を見上げた。
雲の向こうに、希望の光が見えるような気がした。