第64話 震撼する抵抗勢力
アジトの入り口で、懐かしい顔が四人を迎えた。
リーダーのガレスが安堵の表情を浮かべている。
獣人の女戦士ベリンダも駆け寄ってきた。
「よく帰ってきたな! 結衣!」
ベリンダが荒っぽく結衣を抱きしめる。
女戦士の逞しい腕に包まれ、結衣は安心した。
「ただいま、ベリンダ!」
ドワーフの戦士長ジノカリアも重い足音を響かせて近づく。
エルフの薬師マーレーンも微笑んでいた。
「皆、よく戻ってきてくれた。まずはゆっくり休んでくれ」
ガレスが四人を見回す。
だが、カインが口を開いた。
「重要な情報がある。すぐに首領たちに伝えたい」
ガレスの顔に緊張が走った。
「よほどの話なのだろう。分かった、皆を集めよう」
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アジトの奥にある会議室に、各種族の首領たちが集まった。
リーダーのガレス。
獣人の女戦士ベリンダ。
ドワーフの戦士長ジノカリア。
エルフの長老は、薬師のマーレーンを伴っていた。
テーブルを囲んで座る一同。
蝋燭の光が皆の顔を照らしている。
ガレスが口を開く。
「それでは、ブラッドヘイブンでの偵察結果を聞こう」
カインはミリアを見やった。
「ミリア、頼めるか?」
「はい……」
ミリアは深呼吸する。
あの恐ろしい体験を、外の世界へと伝える。
今こそ、自分の使命を果たす時だ。
「私は、ヴァンパイアによって城に拉致されました。そこで出会った血紅公ヴァルターという人物は、私の想像とは全く違いました」
ミリアの声が静かに響く。
「彼は数百年の時間を生き、高い知識と教養を持ち、極めて『合理的』な統治を行っていました。そして何よりも、信じられないほど高度な技術を持っていました」
ジノカリアが身を乗り出す。
「その技術を詳しく知りたい。具体的にはどのようなものか?」
ミリアは恐怖の記憶を辿る。
「ヴァンパイアの食料は人間の血液です。城には血液を品質を数値で管理する装置がありました。腕に針を刺すだけで、瞬時に血液の『等級』を判定できるのです」
ジノカリアの目が見開かれる。
「なんだそれは……血液の等級を計る技術など、聞いたこともない」
「それだけではありません」
ミリアは続ける。
「人間を効率的に管理するため、採血量を個人ごとに計算し、最適な採血スケジュールを組んでいました。まるで……家畜を管理するように」
その場の全員がおぞましさに震えた。
マーレーンが質問する。
「ミリア。その採血装置とはどのような仕組みだったの?」
「金属と水晶のような透明な板を組み合わせた、複雑な装置でした。血液を入れると内部で何かが光り、数字が表示されていました」
ジノカリアは頭を抱えた。
「水晶を使った計測装置だと!? そんなもの、我々の最高技術でも作れん」
そして立ち上がる。
彼の声は絶望的だった。
「奴らの技術力は我々を遥かに上回っていると言わざるを得ない。もしそれが魔王軍全体の標準だというなら、こちらは文明レベルで劣っていることになる」
ジノカリアが拳をテーブルに叩きつける。
ドンという音が響いた。
「くそっ! そんな装置、我々の水準では理解すらできん!」
その声は悔しさに震えている。
ガレスがミリアに向き直った。
「血紅公に会ったのか? どのような人物だった?」
ミリアは緊張した声で答える。
「はい。私は『プライム級』の血液の持ち主としてヴァンパイアに捕えられましたが、彼に客人として迎えられました。彼は表面上は紳士でした。芸術を愛し、音楽に造詣が深く、数百年にわたる知識を持っています。ですが……」
「だが?」
「人間を『資源』としか見ていません。血液の質を保つため、恐怖やストレスを与えないよう『人道的』に管理していると言っていました」
ガレスの顔が青ざめる。
「人道的……に?」
「はい。効率を重視し、持続可能な血液の『安定供給』を実現していると」
ガレスは立ち上がり、部屋の中を歩き回った。
「それはつまり、奴らは我々人間を家畜として『飼育』している、ということか?」
ミリアが頷く。
ガレスは深くため息をついた
「そうか……我々が考えていた以上に、魔王軍は高度に組織化されているようだな」
ベリンダが疑問を口にする。
「でも、そんな厳重な場所から、どうやって逃げてきたんだい?」
四人は顔を見合わせた。
カインが答える。
「詳しいことは分からないが、突然城内が大混乱に陥った」
ジークも頷く。
「兵士たちも右往左往していた。俺と結衣はその機に乗じて城に乗り込んだ」
ミリアが補足する。
「血紅公の姿が消え、ヴァンパイアの貴族たちが争い始めて、指揮系統が完全に崩れていました。その隙に、囚われていた方々と共に脱出できたのです」
ガレスの目が光る。
「血紅公に何かあったということか?」
結衣が小さく呟く。
「もしかして、これってチャンスなのかな?」
だが、その希望的な観測はすぐに消えた。
エルフの長老が重々しく口を開く。
「たとえ血紅公ひとり倒れたとしても、問題の本質は変わらん」
全員が彼を見つめる。
「奴らの技術力、組織力、そして文明レベル。これらは血紅公だけに依存しているものではないだろう」
ベリンダも同意する。
「そうだ。魔王軍には、他にも強力な将軍がいる」
ガレスが深いため息をつく。
「鱗王、冥将軍……」
会議室の空気が重くなる。
「もし、他の将軍たちも同等の力を持っているとしたら……」
ガレスの言葉は途切れた。
誰もが同じことを考えていた。
抵抗勢力だけでは、到底太刀打ちできない――
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長い沈黙の後、ガレスが口を開いた。
「我々は、認識を改めなければならない」
彼の声は重い。
「魔王軍は、我々が想像していたよりも遥かに強大で、組織的で、そして危険な存在だ」
カインも頷く。
「ああ。これはもはや、抵抗勢力だけで対処できる問題ではない」
ベリンダが尋ねる。
「じゃあ、アタシたちはどうするんだい?」
ガレスは窓の外を見つめた。
夜空に星が瞬いている。
「より大きな力が必要だ。より広範囲な連携が」
彼は振り返る。
「だが、それについてはまた明日話そう。今夜は皆、休んでくれ」
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会議が終わり、四人は割り当てられた部屋に向かった。
廊下を歩きながら、結衣が呟く。
「なんだか、すごく大変なことになってきたね」
ジークが苦笑いする。
「ここまで来て、今更だろ」
ミリアが小さく呟く。
「明日から、全てが変わるかもしれませんね」
カインは黙って歩いている。
深く、何かを考え込むように。
四人は、それぞれの部屋に入っていった。
そして明日、物語は新たな局面を迎えることになる。
より大きな戦いへと向かって。