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第60話 涙の懇願

 隠れ家を飛び出した結衣は、ひとりで路地裏を歩いていた。

 どこへ消えたのか、リザードマンの兵士たちの姿がいつの間にかなくなっていた。

 ジークは無事でいるだろうか。


「ジーク、どこにいるの……」


 小さく呟く。

 カインは隠れ家で放心状態。

 頼れるのは自分だけだった。


(結衣、もう帰ろうよ。危険だよ)


(でも、ジークを見つけないと……)


(カインもきっと心配してるよ)


 蒼の言葉に、結衣は首を振る。

 諦めるわけにはいかない。


 その時、路地の向こうから、見覚えのある人影が現れた。

 結衣は目を見開く。


「レイ!」


 そこにいたのは、あの無気力な青年だった。

 相変わらずの無表情で、ゆっくりと歩いてくる。


「やあ」


 レイは軽く手を上げた。

 偶然会ったことを、まるで当然のように受け入れている。


「レイ! どうしてここに!?」


 結衣は駆け寄った。


「別に。ただ歩いてただけ」


 レイは肩をすくめる。


「君こそ、こんなところで何してるの?」


 結衣は言葉に詰まった。

 どこから説明すればいいのか。

 蒼が結衣の周りを飛び回る。


(コイツ! こんなところで会うなんて絶対におかしい!)


(ねぇ蒼、今はそれどころじゃ……)


(ダメ! 怪しいよ!)


 蒼の警告を無視し、結衣はレイにすがりついた。


「お願い! 助けて!」


 レイは少し驚いたような顔をする。


「……どうしたの?」


「友達が攫われたの! 血紅公(けっこうこう)っていう人に!」


 結衣の声は震えていた。

 涙が頬を伝う。


「ミリアを助けなきゃいけないの! でもジークはいなくて、カインは放心してて、私一人じゃどうしようもなくて……」


 口から溢れ出す不安が止まらない。

 レイは結衣の涙を見つめた。

 その瞳に、わずかな変化が生まれる。


「血紅公……」


 彼は小さく呟いた。


「ああ、あいつか」


 結衣は希望の光を見た。


「知ってるの!?」


「まあ、一応」


 レイは面倒そうに頭を掻く。


「でも君、なんでそんなに必死なの? よくわからないんだけど」


「仲間だよ!? 攫われて平気な訳ないじゃん!」


「そんなに大事な友達なら、最初から連れてこなきゃ良かったのに」


「…………!!」


 レイの至極もっともな指摘に、結衣は答えられなかった。


「それは……その、ちょっと事情があって……」


「事情? わざわざこんな危険なところまで来るほどの事情って何?」


「…………」


 極秘任務のことを明かす訳にはいかない。

 レイは呆れた声で首を傾げる。


「君って、けっこう無茶するんだね」


 レイの説得は難しそうだ。

 それでもミリアを助けるには、一人でも多くの協力が欲しい。

 なりふり構わず、結衣は必死に頭を下げた。


「お願いします! 今はレイしか頼れる人がいないの!」


 土下座すらしかねない結衣の勢いに、レイは困ったような表情を浮かべる。

 その必死な訴えが、無気力な彼の心を動かそうとしていた。


「うーん……」


 長い沈黙。

 結衣は息を止めて待った。


「……つまり、血紅公を『排除』すれば、問題は片付くってことだよね?」


 レイの言葉に、結衣は目を見開く。


「排除って……」


「まあ、言葉の通りだよ」


 レイは曖昧に答える。


「でも、面倒だなあ……」


 レイの言葉に、結衣は焦った。

 せっかく掴みかけた希望の糸が、ここで切れてしまうかも知れない。

 結衣は再び頭を下げた。


「お願いします! どうしてもレイの力が必要なの! ミリアは私の大切な友達なんです!」


---


 レイは結衣の涙をずっと見つめていた。


 彼の中で、徐々に何かが変わっていく。

 内なる無気力さが薄れ、他人のために動きたいという気持ちが形を帯びていく。


(この()のためなら、僕の何かが変わるのかもしれない……)


 そんな思いが、レイの心の奥でほんのりと芽生えた。


---


 結衣にとって、永遠とも思える時が過ぎた。

 静寂の中、ポツリと呟きが溢れる。


「……分かった」


 レイは小さくため息をついた。


「いいよ。助けてあげても」


 その言葉に、結衣の顔が輝く。


「本当!?」


「ただし、約束して」


 レイは立ち上がった。


「君は安全な場所に帰って。そしてこれ以上、危ない真似はしないこと」


「え、でも……」


「大丈夫。任せて」


 レイはそう言うと、路地の奥へと歩いていく。

 その後ろ姿は、普段より少しだけ力強く見えた。


「レイ!」


 結衣が呼びかけると、彼は振り返る。


「ありがとう……!」


 結衣の感謝に、レイは小さく微笑んだ。


「どういたしまして」


 そして、闇の中に消えていった。


---


 結衣が隠れ家への道を急いでいると、角の向こうからジークが現れた。


「結衣!」


 ジークの声に、結衣は安堵の表情を浮かべる。


「ジーク! 無事だったんだ!」


 二人は抱き合った。

 ジークの体には、無数の戦いの跡があった。


「心配したよジーク……どこにいたの?」


「リザードマンどもに追われてた。やっと撒いたところだ」


 ジークは疲れた表情を見せる。


「カインは?」


「隠れ家にいるよ。でも……」


 結衣の表情が曇る。


「ミリアのことで、すごく落ち込んでる。あんなカイン、初めて見たよ」


「……そうか、オレたちもいったん帰ろう」


 二人は急いで隠れ家に向かった。

 だが、扉を開けると、そこにカインの姿はなかった。


「カイン?」


 結衣が呼びかけるが、返事はない。

 部屋には誰もいなかった。


「あいつ、どこに行ったんだ?」


 ジークが眉をひそめる。

 テーブルの上に、一枚の紙が置かれていた。

 結衣にも読めるように、易しい言葉で書かれていた。


『必ずミリアを取り戻す。

        カイン』


 結衣とジークは顔を見合わせた。


「まずい……」


 ジークが呟く。


「ひとりで行ったら、今度こそカインが捕まっちゃう!」


 結衣は慌てた。


「追いかけよう」


 ジークが立ち上がる。


 その時、ふっと結衣はレイのことを思い出した。

 血紅公を『排除』すると言っていた。

 彼が何をするのか具体的にはわからないが、もしかしたらカインと鉢合わせするかもしれない。


(レイのこと、ジークに話した方がいいかな……)


 だが、なぜか言葉が出てこなかった。

 レイとの出会いは、何か特別なもののような気がする。

 その想いが、結衣をためらわせた。


「とりあえず、内城の方向に向かおう」


「そうだな」


 ジークも頷く。

 ふたりは急いで隠れ家を出た。

 夜の街に、彼らの足音が響く。


 遠くの内城からは、相変わらず赤い光が放たれていた。

 そこに、大切な仲間たちがいる。

 カインも、ミリアも。


 そして、レイも。


 結衣は走りながら祈った。

 きっと全てがうまくいく。

 だってレイが約束してくれたのだから。


 彼女の心に、小さな希望の灯が宿っていた。


(蒼、レイは信用できるよね?)


(…………)


 蒼は何も語らなかった。


 夜風が頬を撫でていく。

 長い夜が、始まろうとしていた。

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