第55話 城壁内部への潜入
丘の上から四人は、赤い光に染まる城塞を見下ろしていた。
等間隔に並ぶ監視塔からは、血のような赤い光が放たれている。
静かな夜の闇を切り裂くように、その光だけが不気味に明滅していた。
「まずは侵入経路を見つけないと」
カインは望遠鏡を取り出し、城壁を詳しく調査する。
監視塔の動き、兵士の交代、全てを記憶していく。
「リザードマン兵士の巡回は20分間隔だ。規則正しいな」
「南側の壁が古そうだ。他と色が違う」
ジークが壁に目を凝らす。
その鋭い目は、城塞の弱点を見逃さない。
「そこを調べてみよう」
カインの提案に全員が頷いた。
結衣だけは不安そうに城塞を見つめている。
(ねぇ蒼、あんなところに入るの、怖いよ……)
(平気平気! 僕がいるから大丈夫だって!)
(その根拠のない自信はどこから来るの……)
月明かりを背に、四人は南壁に接近した。
赤い光が壁を不規則に照らし、不気味な影を作り出す。
カインが先頭に立ち、周囲を警戒しながら進む。
「ん、これは?」
ジークが壁の根元を探り、小さな排水溝の格子を見つけた。
「これを切断できれば……」
彼はスクラマサクスで格子を削りだしたが、錆びた格子は見た目よりも頑丈だった。
カインも加わり、剣でこじ開けようとするが、やはりびくともしない。
「ねぇちょっと! これ以上時間をかけたら、巡回の兵士に見つかっちゃうよ!」
結衣の言葉に、二人は作業を中止した。
「そうだな、別の場所を探そう」
四人は壁に沿って移動を続ける。
やがて壁の一部が崩れている箇所を発見した。
最近の大雨で崩れたらしく、応急処置だけが施されている。
「ここだ」
カインの判断に、皆が頷いた。
監視塔の交代時間に合わせ、四人は行動を開始する。
結衣が小石を握りしめ、離れた場所に投げる。
石が金属に当たり、カンという音が響いた。
「何だ?」
兵士たちが音の方向へ振り向く。
「今だ!」
カインの合図で四人は崩れた壁の隙間へと走った。
狭い隙間を通り抜けていく中、最後に入った結衣のマントが引っかかった。
「あっ!」
結衣の声に、全員が息を止めた。
ジークが手を伸ばし、引っかかったところを器用に引きはがす。
そのまま滑るように通過し、皆はほっと胸を撫で下ろした。
「危なかった……」
四人は無事に城塞内部へと潜入した。
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城壁の内側は想像以上に暗く、寂しかった。
灰色の石造り建物が迷路のように立ち並び、路地は狭い。
足元には生活排水が垂れ流しで、悪臭が漂っている。
「まるでスラムだな」
ジークが眉をひそめる。
壁には赤いランタンが掛けられ、その光が街全体を血に染めたように見せている。
遠くで鐘が鳴り響いた。
その音を合図に、通りにいた人々が急いで家に戻り始める。
「夜間外出禁止令だ!」
戸締りの音が次々と響き、やがて街は静寂に包まれた。
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監視塔から強力な赤い光が通りを照らしている。
まるで巨大な目のように、それは規則的に往復していた。
「路地を歩けば目立つ。屋根を伝って移動しよう」
カインの指示で四人は建物の屋根に上がった。
光に照らされないよう細心の注意を払いながら、屋根伝いに這って進む。
下では、リザードマンの兵士が二人組で巡回していた。
「今夜は献血日だからな。逃げ出す奴がいないか気をつけろよ」
「前回は女が三人逃げ出したらしいな。もっともすぐに全員捕まったが」
兵士たちの会話に、四人は身を固くした。
『献血』という言葉に、冷たいものが背筋を走る。
(結衣、あそこの家だけ明かりがついてないよ!)
(ほんとだ!)
蒼の囁きに、結衣が反応する。
それを小声で三人に伝えた。
「ねえ、あの家、明かりがついてないよ!」
結衣が指さした先には、暗い窓の家があった。
ドアには「献血選別済」という赤いマークが付いている。
「住人はいないのか?」
「連れ去られたのかも知れない、調べてみよう」
カインとジークが建物に近づき、慎重に調べる。
中が無人であることを確認してから、四人は慎重に家に忍び込んだ。
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家の中は質素だが、生活の跡が生々しく残されていた。
テーブルの上には食べかけの食事。
住人が突然連れ去られたことを物語っている。
「まるで時間が止まったみたいです……」
ミリアがつぶやく。
壁には「献血カレンダー」が貼られていた。
結衣は引き出しから日記を見つけ、開いた。
だが、まだ字を習いたての結衣には内容が難しすぎて、読みこなすことは出来なかった。
「ミリア、これ、読める?」
ミリアが内容を確認する。
「はい、読んでみますね。『また今日も二人連れて行かれた。次は私たちの番だろうか……誰か、助けて……』」
文字を追うミリアの声が震える。
結衣は胸が痛んだ。
「ひどすぎる……」
カインは『市民規則』と題された書物を調べていた。
「日没後の外出禁止、身分証明書の常時携帯義務、献血の拒否は死罪……」
「これは人間の扱いじゃありません!」
ミリアの声には怒りが滲んでいた。
カインも戦慄する。
「ここまで徹底した支配とは……」
夜が更けるにつれ、四人は交代で窓から外の様子を観察した。
突然、辺りに悲鳴が響いた。
「外出していたな! 連行する!」
「誤解です! お許しください! どうかお慈悲を……!」
リザードマン兵士が一人の男を家から引きずり出し、連れていく。
「完全な言いがかりじゃない……」
「これが毎晩の光景なのか……」
結衣があまりの光景に口を押さえる。
ジークは唇を噛んだ。
四人はやりきれない思いで立ち尽くしていた。