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第54話 ヴァンパイアの脅威

 山を下りた四人の目に、不気味な赤い光が飛び込んできた。

 遠くの地平線に光るそれは、夕焼けのようでもあり、火事のようでもある。

 だが、そのどちらでもなかった。


「あれは……」


 結衣が言葉を失う。

 他の三人も同様だった。

 カインは地図を広げ、確認する。


「間違いない。あれがブラッドヘイブン領だ」


 ジークが眉をひそめる。


「なんだあの赤い光は?」


「いや、俺も見たことがない」


 カインの返答に、全員が不安を募らせる。

 四人は平地を進んでいった。


 次第に風景が変わり始める。

 山麓の生き生きとした緑が、徐々に色あせた灰色へと変わっていく。

 草は枯れたように茶色く、木々の葉は灰色がかっていた。


「この植物、なんだか元気がないね」


 結衣が葉を手に取る。

 それはすぐに粉々になった。


「元気がないどころじゃないですね。もうほとんど枯れてます」


 ミリアが辺りを見回した。


 動物の姿も見当たらない。

 鳥の鳴き声も聞こえない。

 あるのは不自然な静けさだけだ。


 結衣が鼻をくんくんとさせる。


「なんか……変な匂いがする」


「ああ、甘く腐ったような匂いだな」


 ジークも同意する。

 カインは手を上げ、一行を止めた。


「あそこを見てくれ」


 丘の上から、小さな村が見えた。

 灰色の建物に、高い塀。

 監視塔が四隅に立ち、赤い旗がたなびいている。


 カインはドワーフ製の望遠鏡を取り出し、村を観察した。


「……これは」


 カインの表情が硬くなる。


「どうしたの?」


 結衣が尋ねる。

 カインは望遠鏡から目を離し、皆に向き直った。


「あの村には人間がいる。だが……」


「だが?」


「まるで囚人のようだ。皆、うつむいて歩いている。そして首に何か輪のようなものを付けている」


 ミリアが眉をひそめる。


「そんな……なんとか皆さんを助けられないでしょうか?」


「そのための偵察だからな、まずは状況を探ろう」


 ジークが冷静に言う。


「ジークの言う通りだ。夜まで待って、村に近づいて様子を伺う」


 カインも同意した。

 結衣は不安そうに村を見つめた。


(なんだか怖いよ、蒼)


(敵の本拠地だからね、こんなもんじゃない?)


(アンタはホントお気楽よね……でも、あの村の人たち、何があったんだろう)


 四人は丘の陰に身を隠し、夜を待った。


---


 日が沈み、闇が訪れた。

 しかし、完全な暗闇にはならない。

 遠くの赤い光が、薄暗い風景を染めていた。


「行くぞ」


 カインの合図で、四人は村に向かって忍び寄る。

 近づくにつれ、村の様子がより鮮明に見えてきた。


 高い塀の上には鋭いトゲが並び、監視塔からは赤い光が照らしていた。

 門の前にはリザードマンの兵士が立っている。

 鎧をまとい、槍を持ったその姿は非常に不気味だった。


「偵察には俺とジークで行く。ミリアと結衣はここで待機していてくれ」


 カインが二人に指示をした。


「えっ……大丈夫なの?」


 結衣が抗議しかけるが、ジークが遮った。


「危険なことは分かってるだろ。すぐ帰るから待ってろ」


 結衣は渋々頷いた。

 カインとジークは暗闇に紛れ、塀を越えていった。


---


 村の中は想像以上に暗く、静かだった。

 カインとジークは影から影へと移動する。

 家々の窓から覗く内部は驚くほどに質素で生活感がなく、個人の持ち物らしきものはほとんど見当たらなかった。


 ある家の壁に「献血スケジュール表」と書かれた紙が貼られている。

 そこには住民の名前と日付が記されていた。

 何人かの名前には赤い×印が付けられていた。


 窓から家の中の会話が聞こえてきた。


「今月は二度目の献血だ。どんどん厳しくなるな」


「大丈夫か? 前に選別された奴らは戻ってこなかったぞ」


「仕方あるまい。逆らえば、もっと酷い目に遭う」


 恐怖と諦めが、人々を支配していた。


 その時突然、村の中央から警報が鳴り響いた。

 カインとジークは素早く物陰に隠れる。

 住民たちが慌てて家から出てきた。

 彼らの顔には恐怖が浮かんでいる。


「集合だ! 急げ!」


 リザードマンの兵士たちが住民を中央広場へと追い立てていく。


---


 住民たちは整然と列を作って並ばされた。

 カインとジークは屋根に上り、状況を見守った。


 黒い馬車が村の門をくぐり、広場に到着する。

 馬車から一人の男が降りてきた。

 青白い肌に、真紅の瞳。

 長い黒髪が風にたなびき、黒いマントに身を包んでいる。

 しかし最も目を引いたのは、口元からわずかに覗く長い犬歯だった。


「あれは……」


 ジークが息を呑む。

 その男は、冷淡な表情で住民たちを見回した。


「本日の献血者を選別する」


 その声は極めて優雅だが、恐ろしく冷たかった。

 彼は一人ずつ住民に近づき、首筋の匂いを嗅いでいく。

 その様子はまるで、屠殺場で家畜を選別する様子を思わせた。


「この者」


 人差し指が一人の若者を指す。


「この者、そしてこの者」


 選ばれた住民たちの表情が絶望に染まる。

 家族が悲痛な叫びを上げるが、兵士たちに押さえつけられた。


「血液の質が落ちている」


 選別官は不満そうに言った。


「もっと良い血が必要だ。血紅公様のお気に召すような上質な血がな」


 選ばれた住民たちは黒い馬車に押し込まれていく。

 残された住民の一人が小さく呟いた。


「今夜は一段とヴァンパイア様のご機嫌が悪いようだ」


 カインとジークは驚きの表情を交換した。


「ヴァンパイア?」


「伝説の吸血鬼が実在するのか?」


「それも、支配者として君臨しているようだな」


 二人は事態の重大さを悟った。


---


 カインとジークは結衣とミリアのもとに戻ってきた。

 二人の表情は暗かった。


「どうだった?」


 結衣が尋ねる。

 カインとジークは見聞きしたことを話した。

 献血スケジュール、選別の儀式、そしてヴァンパイアの存在について。


「ヴァンパイア……? 吸血鬼が本当にいるの?」


 結衣が震える声で尋ねる。


「ああ、間違いない」


 カインが頷く。


「この領域を支配している血紅公(けっこうこう)はヴァンパイア。人の血を啜って生きると言われている、極めて知的な種族だ」


 ミリアの顔に怒りの色が浮かぶ。


「そんな……人を家畜のように扱い、血液を搾取するなんて、許せません!」


「そうだよ! ここの人たちを助けなきゃ!」


 結衣も勇気を振り絞って言った。

 カインが冷静に分析する。


「ヴァンパイアは、伝説では日光と銀の武器に弱いとされるが、実際のところはどうだろうな」


 カインは続けて地図を広げた。


「ここから城塞の中心部までは、まだ距離がある」


「城塞の中に潜入することはできるでしょうか?」


 ミリアが尋ねる。


「どこからか、侵入経路を探るしかないだろう」


 ジークが言った。


「そんなに簡単に見つかるかな?」


 結衣が心配そうに尋ねる。


「簡単ではないだろうが……まずは城壁を調べてみよう」


 カインが微笑む。


---


 東の空が白み始めた頃、四人は丘の上に立っていた。

 遠くに見える巨大な城塞と、それを取り巻く不気味な赤い光。

 あれがブラッドヘイブン、血紅公の支配地だ。


「行くぞ」


 カインの言葉に、全員が頷いた。

 本格的なブラッドヘイブンの偵察任務が、今ここに幕を開けた。

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