第53話 険しい山道を越えて
山道は想像以上に険しかった。
岩だらけの斜面を登り、狭い崖沿いの道を進む。
足を踏み外せば、深い谷底へと落ちるだろう。
「みんな、気をつけろ。一歩ずつ、確実に進むんだ」
カインが先頭を行き、安全を確認しながら進む。
ジークも結衣をサポートしながら進んだ。
「ここ、滑りやすいぞ。気をつけろ」
ジークが手を差し伸べる。
結衣はその手を取り、急な斜面を登る。
「ありがと、ジーク」
結衣の笑顔にジークは少し頬を赤らめ、ふいっと視線を逸らした。
(ねぇ結衣、ジークが赤くなってるよ!)
(アンタね、この状況でそんな呑気なこと言わないでくれる!?)
蒼は相変わらず危機感ゼロだ。
少し進んだところで、今度は突然の岩崩れが起きた。
「危ない!」
カインの警告に、全員が壁際に身を寄せる。
岩が転がり落ち、道の一部が崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか……」
カインがミリアを抱き寄せて聞いた。
逞しい腕の中で、ミリアの頬も赤くなる。
結衣もジークに助けられた。
全員無事だったが、道はさらに狭くなった。
一行は慎重に慎重を重ねて進み続ける。
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午後になると、雲が低く垂れ込め、視界が悪くなってきた。
風も強くなり、寒さが身に染みる。
「このままでは危険だ。休憩場所を探そう」
カインの判断に、全員が同意した。
疲労も蓄積している。
(蒼、近くに休める場所ない?)
(ちょっと待って、見てくるね!)
蒼が飛び立ち、周囲を偵察する。
すぐに戻ってきた蒼が、結衣に報告する。
(あそこ! 右手の崖に洞窟があるよ!)
(ホントだ! ありがと、蒼!)
結衣は三人に呼びかける。
「ねぇみんな! あっちに洞窟があるみたい!」
結衣が指さす方向に、確かに岩の裂け目が見える。
四人は慎重に近づき、それが小さな洞窟であることを確認した。
「お手柄です、結衣さん!」
「助かった、ありがとう」
ミリアとカインが結衣に礼を言う。
「今日はここで休もう。無理は禁物だ」
カインの言葉に、皆ほっとした表情を見せる。
特に結衣は慣れない山で疲れ切っていた。
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洞窟の中は乾いており、風も入ってこない。
ジークが焚き火を起こし、ミリアが食事の準備を始める。
カインは入口付近で見張りをする。
結衣は岩に背を預け、深いため息をついた。
「はー、つっかれたー……山登りってこんなに大変なんだね……」
「おい、まだ半分も来てないぞ」
ジークがため息をつく。
結衣は舌を出した。
「もう! 意地悪言わないでよ」
「冗談だ。明日には抜けられるだろ」
ジークは笑い、結衣の隣に座る。
「ジーク、ありがとう。今日は何度も助けてもらったね」
「……当たり前だ、余計な気を遣ってんじゃねぇよ」
だが結衣の感謝に、ジークは少し嬉しそうだった。
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夕食後、四人は焚き火を囲んで座った。
外は完全に暗くなり、風の音だけが聞こえる。
「明日の予定を確認しよう」
カインが地図を広げる。
「この山を越えれば、ブラッドヘイブン領だ。そこからは細心の注意が必要になる」
全員が真剣な表情で頷いた。
いよいよ本格的な偵察が始まる。
「今日は早く休もう。明日は夜明けとともに出発する」
カインの言葉に、全員が同意した。
交代で見張りを立て、残りは眠りについた。
結衣はドワーフ特製の寝袋に潜り込み、目を閉じる。
疲れた体には、岩の床でさえ心地よく感じられた。
(蒼、明日も頑張ろうね)
(うん! 結衣、おやすみ!)
蒼の小さな声を聞きながら、結衣は眠りに落ちた。
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翌朝、日がのぼるとともに四人は出発した。
体の疲れは残っていたが、エルフの薬草茶と一晩の休息で、心は軽くなっていた。
山道は相変わらず険しいが、昨日の経験が活きている。
足の置き場、手の掴み方、呼吸の整え方――少しずつコツを掴んでいった。
正午過ぎ、ついに山の頂上に到達した。
「やったー!」
結衣が小さく飛び跳ねる。
ミリアも安堵の表情を浮かべた。
「まだ下りが残っている。気を抜くな」
カインの言葉に、全員が引き締まった表情になる。
下りは上りより危険なこともある。
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しかし、下山は予想より順調に進んだ。
午後遅く、ついに山を抜けた四人は、目の前に広がる景色に息を呑んだ。
遠くに広がる暗い平原。
その向こうに見える、不気味な赤い光に包まれた城塞。
血紅公の支配地、ブラッドヘイブン領だ。
「あれが……ブラッドヘイブンか」
ジークが低く呟いた。
空気が変わったように感じる。
重く、冷たく、何かが潜んでいるような不吉な雰囲気。
「皆、ここからが本番だ。気を引き締めていこう」
カインの言葉に、全員が無言で頷いた。
彼らの偵察任務が、ここから本格的に始まるのだ。
蒼が結衣の周りを羽ばたいた。
(あの赤い光、なんだか嫌な感じがするよ)
(うん……でも、行かなきゃ)
結衣は蒼と共に前を見据えた。
ブラッドヘイブンへの道が、四人の前に広がっていた。