第51話 獣人の記憶と子供たちの未来
アジトの広場で、結衣は子供たちと遊んでいた。
人間の子供、エルフの子供、ドワーフの子供、そして獣人の子供たち。
種族は違えど、子供の笑顔は変わらない。
「結衣お姉ちゃん、もういっかい!」
獣人の女の子が結衣の袖を引っ張る。
その子は小さな獣の耳を持ち、全身が薄い茶色の産毛で覆われていた。
短い尻尾がふるふると揺れている。
大きな瞳は琥珀色に輝き、無邪気な笑顔が愛らしい。
「はいはい、もういっかいね」
結衣は子供たちを肩車したり、追いかけっこをしたり、歌を教えたり。
特に獣人の子供は結衣に懐き、まるで子猫のように彼女にまとわりついていた。
「おや、随分と懐かれているようじゃないか」
低く、力強い女性の声が聞こえた。
振り返ると、そこには一人の獣人の女性が立っていた。
背が高く、筋肉質な体つき。
赤褐色の毛皮のような肌に、黄金色の瞳が輝いている。
頭には虎のような耳が生え、背後には長い尻尾が揺れていた。
腰には大きな斧が下げられ、上半身は革の鎧で覆われているが、腕や脚の筋肉は露わになっていた。
顔には三本の傷跡が走り、戦いの経験を物語っている。
「ベリンダママ!」
子供たちが一斉に叫んだ。
「お前たち、良い子にしてたかい?」
彼女は子供たちの頭を一人ずつ撫でる。
その仕草は逞しく、だが母親らしい優しさに満ちていた。
そして結衣に向き直る。
「アンタが噂のお客さんかい?」
低く、少し荒々しい声だが、敵意はない。
「はい、結衣です」
「アタシはベリンダ。ここでこの子たちの面倒を見ている。まあ、親がいない子の母親代わりみたいなモンだ」
ベリンダは結衣の前に立ち、大きく笑った。
鋭い牙が見えるが、その笑顔は温かい。
「子供たちの相手をしてくれて、ありがとな」
「大丈夫です。私、子供が好きなので」
結衣は笑顔で答える。
ベリンダは結衣の瞳を見つめて、大きく頷いた。
「子供好きに悪いヤツはいないさ。アンタは良い奴だ、瞳がそう言ってる」
ベリンダは結衣の隣に腰を下ろした。
「アタシにも子供がいたんだ。三人な」
ベリンダの声が少し沈んだ。
「いた、って……?」
結衣が恐る恐る尋ねる。
「ああ、魔王軍に攫われた。二年前のことだ」
ベリンダの目が遠くを見つめる。
結衣は言葉を失った。
「魔王軍は子供や若者を狙って攫うんだ。奴隷にしたり、スパイに仕立て上げたりするためにな」
ベリンダの声には怒りが滲んでいた。
「そんな……」
結衣はショックを受けた。
ベリンダは拳を握りしめる。
「でもアタシは信じてる。アタシの子供たちは絶対にまだ生きてる。だからこうして戦い続けるんだ」
ベリンダの目には、強い決意の色が宿っていた。
結衣はベリンダに言った。
「実は私たちも、王都で人攫い事件を解決したんです」
結衣は王都での出来事を話す。
子供たちが攫われ、奴隷として売られそうになったこと。
仲間と四人で協力して、子供たちを救出したこと。
裏で糸を引いていた黒幕も捕まえたこと。
ベリンダはそれらを黙って聞き、そして頷いた。
「そうか……アンタたちは本物だな」
ベリンダは空を見上げ、深く息を吐いた。
「アンタは獣人のことを知ってるか?」
「いえ、よかったら教えてくれませんか?」
初めて聞く獣人の話に、結衣は興味を惹かれた。
「アタシたち獣人は、狩猟民族であり、戦闘民族でもあるんだ。昔はアタシも傭兵として戦場に出ていたよ」
ベリンダは懐かしそうに語る。
「魔王が現れる前、三将軍はそれぞれに独立した領主で、覇権をめぐって相争っていた。アタシたち獣人は傭兵として雇われ、その争いに加わることも多かった」
ベリンダの声は、まるで昔の戦場を思い出しているかのようだ。
「ある日、戦場に魔王が現れた。強大な力で三将軍の兵をほぼ壊滅させたんだ。争い続けることができなくなった三将軍たちは魔王の下で手を結び、今度は他の種族に牙を剥いた」
結衣は息を呑んで聞き入っていた。
「三将軍は、凶暴で力に従順なオークやトロール、リザードマンたちを主力として軍を再編した。そして獣人たちにも、傭兵としてではなく、奴らに隷属して戦うことを強いてきたよ」
ベリンダの目が怒りに燃える。
「だがアタシたちは拒んだ。獣人は誰にも魂を売らない、自由に生きる民だ。だから魔王軍と戦った」
ベリンダは拳を強く握りしめた。
「新しい魔王軍はより強力で残忍になっていた。奴らはアタシたち獣人を根絶やしにしようとしてきた。アタシたちは話し合いの末、棲家を捨てて森に隠れ住み、人間の兵士たちと組んで抵抗勢力を結成した。そして今に至るってわけだ」
ベリンダは立ち上がり、遠くで遊ぶ子供たちを見つめた。
「アタシは自分の子供たちを取り戻す。そして、ここの子供たちの未来も守る。それがアタシの戦う理由だ」
力強い言葉に、結衣は深く頷いた。
「私も、何かお力になりたいです」
結衣の言葉に、ベリンダは微笑んだ。
「アンタは既に力になってるさ。この子たちの笑顔を守ることが、最大の力だ」
ベリンダは結衣の肩を軽く叩き、子供たちの方へ歩いていった。
その背中は大きく、頼もしかった。
彼女は立ち上がり、結衣の肩を軽く叩いた。
「子供たちを頼むぞ。アタシは見回りに行ってくる」
そう言うと、ベリンダは去っていった。
その背中は広く、強さと同時に孤独も感じさせた。
子供たちが無邪気に遊ぶ姿を見つめながら、結衣は考える。
この子たちの未来を守るために、魔王軍を倒す必要がある。
自分にできることは何だろう?
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夕食後、四人はその日の話を持ち寄った。
ミリアはエルフの森の悲劇と、マーレーンから教わった薬草の知識を。
ジークはドワーフたちの苦難と、ジノカリアから受け継いだ武器を。 そして結衣は、ベリンダから聞いた獣人と三将軍の話を伝えた。
「三将軍が魔王の下で手を結んだというのは、重要な情報だ」
カインが言う。
「彼らはもともと敵同士だったんだな。それを魔王が従えたということは……」
「魔王の力は相当なものだ、ということだ」
ジークが続けた。
「でも昔は敵同士だったのなら、仲間割れしたりしないのかな?」
結衣が疑問を投げかける。
「そうだな。それを利用できるかもしれない」
カインが頷いた。
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夜が更けていく。
カインとミリアが先に休んだ後、結衣とジークは二人きりになった。
焚き火の前で、彼らは並んで座っていた。
「ジーク、新しい武器はどう?」
結衣が尋ねる。
ジークは新しいスクラマサクスを取り出し、炎に照らして見せた。
「ああ、良い武器だ。これで格段に攻撃力が上がる」
ジークはニヤリと笑う。
「私も……もっと強くならなきゃ」
結衣が呟いた。
「お前はすでに十分やってるだろ」
ジークが言う。
その声には、いつもの皮肉がなかった。
「でも、もっと役に立ちたいと思ったよ。子供たちのために、私ができることってなんだろう、って」
結衣の目に、涙のようなものが光った気がした。
ジークは少し戸惑い、結衣の肩を抱き寄せる。
「一人で抱え込むな。オレがいるから」
いつにないジークの優しさと温もりが、結衣の心に染みた。
そのまま、ジークの肩に頭をもたせかける。
「ありがと、ジーク……」
二人は言葉を交わさず、ただ焚き火を見つめていた。
炎の光が二人の顔を照らし、影を揺らめかせる。
陽が登ればまた、新しい一日が始まる。
彼らの道は、続いていく。