第5話 ちょっと頼りになるかも……?
ラグナスの町は、結衣の想像通り……
いや、想像以上のスラムだった。
「うわー、終わってるわー。治安」
結衣は思わず呟いた。
路地は狭く、建物は傾いている。
空気は生ゴミと酒の匂い。
住人の目は、明らかによそ者を警戒している。
「おい、キョロキョロすんな」
ジークが小声で注意する。
「だってこんな町、映画でしか見たことないよ?」
「映画? 何だそれ」
「……あ、いや、なんでもないです」
結衣は慌てて誤魔化す。
異世界に映画などあるはずもない。
ふたりが歩いていると、すれ違う人たちが結衣をジロジロと見てくる。
「お前、格好が目立ちすぎだ」
「え、そう?」
結衣は自分の服を見下ろした。
ボーダーのパーカーにジーンズ、スニーカー。
確かに、異世界では浮いてるかもしれない。
「まあいい。とりあえずオレの知り合いのところに行こう。そこで情報を――」
ジークの言葉が途切れた。
振り返ると、結衣の姿がない。
「おい、どこ行った!?」
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一方、結衣は路地の奥の露店街に釘付けになっていた。
「あ、これ可愛い!」
露店に並ぶ、木彫り細工の小さな人形たちに目を奪われている。
(ねえ蒼、見て! こんなのもあるんだ)
(うん、可愛いね! でも……)
蒼がパタパタと周りを飛び回る。
(……ジークとはぐれちゃったんじゃないかな?)
(え?)
ハッとして振り返った時には、もう遅かった。
「おや、お嬢ちゃん。迷子かい?」
ガサツな声に振り返ると、三人のゴロツキがニヤついていた。
ゴツくて顔には傷跡。
明らかに善良な市民ではない。
「あ、いえ、大丈夫です。友達を探してるだけで……」
「へぇ、友達ねぇ。代わりに俺たちが友達になってやろうか?」
ゴロツキのひとりが結衣の腕を掴んだ。
「ちょっと! 離してよ!」
「そう言わずに、一緒に楽しもうぜ」
必死で腕を振り解こうとする結衣。
だが大の男に腕力で勝てるはずもなく、結衣はたちまちピンチに陥った。
(蒼! どうしよう!)
(えっと、えっと……逃げる?)
(どうやって!?)
(うーん、分かんない!)
蒼は慌てふためいて結衣の周りを飛び回るだけ。
役立たずにも程がある。
「おとなしく来な」
囲まれたその時――
「おい、そこのクズども」
低い声が響いた。
振り返ると、ジークが立っていた。
「じ、ジーク!?」
ゴロツキのひとりが驚いて叫ぶ。
「なんだあの小僧、知り合いか?」
「ば、バカ! あいつはヤバイんだ。ヘタに手を出すと……」
ジークがゆっくりとダガーを抜く。
その目は冷たく、殺気に満ちていた。
「三秒やる。消えろ」
ゴロツキたちは一瞬で蒼白になり、あっという間に逃げ去った。
「ジーク……!」
ジークが助けに来てくれた!
結衣は思わずジークに抱きついた。
「お、おい! 離せ!」
「だって! 怖かったの!」
「……だから言っただろ、目立つなって」
ジークは呆れたように言う。
だが、少しだけ安堵しているようにも見えた。
「あの……」
結衣が小さな声で言う。
「ありがとう、助けてくれて」
「……お前に死なれたら面倒だからな」
ジークは素っ気なく答えたが、気のせいか、頬が少しだけ赤くなっているように見えた。
「……ねえ、あの人たち、ジークのこと知ってたみたいだけど?」
「ああ、まあな。この町なら、オレもちょっとは顔がきく」
「へぇ! すごいじゃん、ジーク!」
「うるせぇ。さっさと行くぞ」
ジークは先に立って歩き出した。
(口は悪いけど、頼りになるかも。どっかのバカ鳥とは違って)
その後ろ姿に、結衣はなんだか安心感を覚えた。
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(ところで、ねぇ蒼)
結衣は小声で青い鳥に文句を言う。
(そういやアンタ、さっき全然役に立たなかったわよね)
(そうだよ! 僕、平和主義者だから、戦闘面じゃ君を助けてあげられないんだ!)
(威張ってんじゃないわよ! 神様のくせに!)
魔王討伐の道のりは、まだまだ長い……