表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/123

第49話 銀色の森の追憶

 朝露が葉を濡らす森の中、四人は二日目の朝を迎えた。

 アジトの空気は湿り気を含み、木々の香りが鼻腔をくすぐる。

 小鳥のさえずりが、新しい一日の始まりを告げていた。


「よく眠れたか?」


 ガレスが四人に声をかける。

 彼の手には、焼きたてのパンがあった。

 小麦の香ばしい香りが、食欲をそそる。


「はい、久しぶりに安心して眠れました」


 ミリアが答える。

 結衣も頷いた。


「今日もここに滞在するといいだろう。明日の朝、安全なルートを教えよう」


 ガレスの提案に、カインは感謝の意を示した。


「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらう」


 朝食後、四人はそれぞれの時間を過ごすことになった。

 カインはガレスと情報を交換し合い、ジークは武器についてドワーフたちに学ぶ。

 結衣は獣人の子供たちと遊び、ミリアはエルフの薬師、マーレーンに声をかけられた。


「よかったら、私の小屋に来ませんか? あなたに薬草のことをお教えしたいの」


 マーレーンは優雅な身のこなしで、ミリアを招いた。

 その声は鈴のように透き通り、耳に心地よい。


---


 マーレーンの小屋は木の上に作られていた。

 細い梯子を登ると、そこには小さいながらも清潔な空間が広がっていた。

 壁には様々な薬草が吊るされ、乾いた花や葉の香りが漂う。

 窓からは森全体が見渡せた。


「座って」


 マーレーンはミリアに木の椅子を勧めた。

 テーブルの上には、色とりどりの薬草が並べられている。


「これは青月花に似ていますね」


 ミリアが青い花を手に取る。


蒼月花(そうげつか)よ。青月花と同じく、月の光を浴びると青く光る花。怪我全般、特に火傷によく効くのも同じね。でも効果はこちらの方がより高いわ」


 マーレーンは丁寧に説明した。

 彼女の細い指が、薬草をひとつひとつ示していく。


「これは銀鈴花(ぎんりんか)。呪いを祓う効果があるわよ」


「こちらは夢幻草(むげんそう)。悪夢によく効くの」


 ミリアは熱心にメモを取った。

 人間の薬草とは違うものばかりで、新鮮な驚きがあった。


「なぜ、こんなに貴重な知識を、私に教えてくださるのですか?」


 ミリアが恐縮して尋ねる。

 マーレーンは静かに微笑んだ。


「知識は共有してこそ価値があるものよ。それに……」


 マーレーンの表情が少し曇った。


「私たちの森の記憶を、誰かに伝えておきたいの」


 ミリアは黙って頷いた。

 マーレーンは窓の外を見つめ、静かに語り始めた――


---


 二年前。


 朝露が葉を濡らす美しい森。

 シルバーウッドの森は、エルフたちの楽園だった。

 巨大な銀色の木々が天を突き、その枝葉は陽の光を優しく通す。

 木々の間には清らかな小川が流れ、水晶のような水が煌めいていた。


 マーレーンは祖母と共に、薬草を摘んでいた。

 彼女の祖母ソーニャは、森で尊敬される薬師だった。

 長い白髪を後ろで束ね、穏やかな笑顔を絶やさない優しい老婦人。


「マーレーン、この薬草の香りを覚えておきなさい」


 ソーニャは小さな紫の花を摘み、孫娘に差し出した。

 マーレーンは花を鼻に近づけ、深く香りを吸い込む。

 甘く、少し刺激的な香り。


「これは夢幻草。悪夢に悩まされる者の助けになるわ」


 ソーニャの教えはいつも分かりやすく、マーレーンはそのひとつひとつを大切に心に刻んだ。

 彼女は祖母のように優れた薬師になりたいと願っていた。


 エルフの集落は、巨大な木々の間に広がっていた。

 木の上に作られた家々は、自然と一体化するように存在している。

 橋や梯子で繋がれた家々の間を、エルフたちが行き来する。

 子供たちは木の枝を飛び回り、大人たちは歌や踊りを楽しむ。


 夜になると、森全体が幻想的な青い光に包まれた。

 蒼月花の花が月光を受けて輝き、まるで星空が地上に降りてきたかのよう。

 その光の中で、エルフたちは古い歌を歌い、森の精霊に感謝を捧げる。


 マーレーンの日々は平和で、幸せに満ちていた。

 そう、あの日まで――


 突然の轟音が森を揺るがした。

 鳥たちが一斉に飛び立ち、動物たちが逃げ惑う。

 空が赤く染まり、黒い煙が立ち上る。


「マーレーン!」


 ソーニャが叫んだ。

 彼女の表情には、マーレーンが見たことのない恐怖があった。


「逃げるのよ! 早く!」


 集落は混乱に包まれていた。

 魔王軍が攻めてきたのだ。

 オークやトロールが木々を倒し、家々に火を放つ。

 リザードマンが素早く木に登り、逃げ惑うエルフたちを追い詰める。


 悲鳴と炎の音が、森に響き渡る。

 マーレーンは祖母の手に引かれ、森の奥へと逃げた。

 だが、リザードマンの兵士が二人の前に立ちはだかった。


「マーレーン、聞きなさい」


 ソーニャは孫娘の手に小さな袋を握らせた。

 中には貴重な薬草の種が入っていた。


「これを持って、西の谷まで逃げるのよ。振り返ってはなりません」


「でも、お祖母様……!」


「行きなさい!」


 ソーニャは杖を構え、リザードマンに立ち向かった。

 老いた体に残された力を振り絞り、孫娘の逃げる時間を稼ぐ。

 マーレーンは涙を流しながら走り出した。


 振り返った瞬間、彼女は祖母が倒れるのを目にした。

 叫び声が喉から出かかったが、ソーニャの言葉を思い出し、声を殺した。

 彼女は森の奥へと走り続けた。


 三日三晩、休むことなく逃げ続けた。

 足は血まみれになり、喉は乾き、空腹で意識が遠のく。

 それでも彼女は走った。

 祖母の最後の願いを胸に、種の袋を握りしめて。


 倒れかけたところを、ガレス率いる抵抗勢力(レジスタンス)に助けられた。

 そこには、他の集落から逃げてきたエルフたちもいた。

 彼らの目には、マーレーンと同じ痛みが宿っていた。


---


「それから私は、ここで暮らすようになったの」


 マーレーンの静かな声が、小屋に響く。

 彼女の青い瞳には、今も悲しみの色が残っていた。


「祖母から教わった薬草の知識を活かして、傷ついた仲間たちを癒やす。それが、私にできることだから」


 ミリアは言葉もなく、マーレーンの手を握った。

 二人の間に、言葉を超えた感情が流れる。


「私も……」


 ミリアが小さく呟いた。


「私も、自分の知識と技術で、苦しんでいる人を助けたいです」


 マーレーンは優しく微笑んだ。


「では、これを持っていって」


 彼女は小さな袋をミリアに手渡した。

 中には、様々な種が入っていた。


「祖母から受け継いだ種の一部よ。あなたならきっと、大切に育ててくれるでしょう」


 ミリアは感動で言葉を失った。

 彼女はその袋を両手で受け取り、胸に抱きしめた。


「必ず、大切にします。そして、この知識を次の世代に伝えていきます」


 マーレーンの目に、優しい色が浮かんだ。

 窓から差し込む光が、二人の姿を柔らかく包み込む。


 ミリアの心に、新たな決意が芽生えていた。

 薬草使いとしての誇りと使命。

 苦しむ人々を救いたいという強い願い。


 彼女の旅は、新たな意味を帯び始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ