第45話 最高機密解禁! 三将軍の正体
戦いの後のヴァルディアは、静かだった。
街のあちこちに破壊の跡が残り、市民たちは片付けに追われている。
だが、その表情には安堵の色が浮かんでいた。
カインは軍本部へと向かっていた。
オズワルド司令官から呼び出しを受けたのだ。
「よく来てくれた、カイン」
オズワルド司令官は、厳めしい顔つきの中年の男だ。
カインとは旧知の仲で、カインもオズワルドの実力を認めていた。
「昨日の戦いは見事だった。君の指揮がなければ、兵のみならず市民にも犠牲が出ていただろう」
「いえ、俺ひとりの力ではありません。兵士たちと仲間の奮闘、そして市民の協力あってこそです」
カインは謙遜した。
オズワルドは頷き、話題を変える。
「ときにカイン殿、君たちは北へ向かうつもりだと聞いた」「はい、魔王軍の偵察に向かいます」
カインの答えに、オズワルドは重い表情になった。
「ならば、知らせておくべきことがある」
オズワルドは声を潜めた。
「これから話すことは、我が軍の最高機密事項だ。それを十二分に理解してもらいたい」
「わかりました」
カインは真剣な表情になった。
「魔王軍の三将軍についてだ」
オズワルドは地図を広げた。
北方の領域が詳細に描かれている。
「三将軍は、魔王直属の配下だ。それぞれが独自の軍団を率いている」
オズワルドは三つの場所を指さした。
「まず『血紅公』ヴァルター・ノクティス・ブラッドローズ。ヴァンパイアロードで、内政と諜報を担当している。彼の拠点は旧王国領ブラッドヘイブンだ。ここからさらに北、二週間ほどの場所にある」
カインは地図上の位置を確認した。
「次に『鱗王』グラドラス・ヴァルグレン。ドラゴニュートで、軍事作戦と前線指揮を担当。おそらく彼が、今回の攻撃を指示したと思われる」
オズワルドは別の場所を指さした。
「最後に『冥将軍』アルベリヒ・グリムハルト。デスナイトで、魔王の親衛隊長だ。彼の正体はいまだ謎に包まれている」
カインは情報を頭に刻み込んだ。
「魔王自身については?」
「それが……誰も見たことがない。姿も素性も、全てが謎に包まれている」
オズワルドは首を振った。
「ただ、絶大な力を持つことだけは確かだ。三将軍ですら、魔王には逆らえないというのだからな」
「そうですか……」
カインは深く考え込んだ。
オズワルドははっきりと告げる。
「カイン殿、正直に言おう。これ以上北に進むのは自殺行為に等しい」
そして続けた。
「それでもなお君たちが北へ向かうなら、この情報は必ず役に立つだろう。通行許可証も出す。我々が君たちを助けられるのは、ここまでだ」
「分かりました。お心遣い、ありがとうございます」
カインは頭を下げた。
オズワルドは静かに頷いた。
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ジークと結衣は、衛兵の許可を得て城壁の上を歩いていた。 遠くには、北の山々が見渡せる。
「ジーク、今回の戦いはすごかったね」
「ああ、お前も頑張ったな」
ジークは珍しく素直に褒めた。
「えへへ、ありがと! でも、ジークが体を張って戦ってくれたから、みんな無事だったんだよ!」
結衣の言葉に、ジークは少し照れた様子で目をそらした。
「……別に、当然のことをしただけだ」
「でも、すごいよ。一人であんなにオークを倒してさ」
「……お前の小石だって、助かったぜ」
「そう? なんだか今日はやけに褒めてくれるじゃん、ジーク」
結衣が笑う。
ジークは少し照れたように視線を逸らした。
「……お前がいてくれて、よかった」
ジークの言葉は、風にかき消されそうなほど小さかった。
だが、結衣の耳にはしっかりと届いた。
「ジーク……」
結衣は嬉しさで胸がいっぱいになった。
二人は並んで歩き、北に広がる景色を見つめた。
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病院では、ミリアがようやく休息を取っていた。
一晩中、負傷者の手当てに追われたのだ。
「ミリア、よく頑張ったな」
カインが病院を訪れた。
「カインさん! 来てくれたんですか!」
ミリアは嬉しそうに立ち上がる。
だが、疲れからよろめいた。
「おっと、気をつけて」
カインがミリアを支える。
二人の距離は近く、ミリアは顔を赤らめた。
「あの……カインさん」
「なんだい?」
「前に言われたこと、まだ考え中です。でも……」
ミリアは恥ずかしそうに目を伏せた。
「昨日、カインさんが戦っている間、ずっと心配してました。だから……その……」
言葉に詰まるミリア。
カインは優しく微笑んだ。
「今は急がなくていい。ただ、君がそばにいてくれるだけで、俺は強くなれるよ」
ミリアは安堵の表情を浮かべた。
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夕方、四人はフクロウ亭の一室に集まった。
カインが三将軍の情報を共有する。
「ブラッドヘイブンか……」
ジークが呟く。
「そこから先は、完全に魔王軍の支配地だ。危険度は今までの比じゃない。特に血紅公の拠点に近づくにつれ、魔王軍の監視は厳しくなるだろう」
カインは静かに告げた。
部屋が静まり返る。
「正直に言おう。ここで引き返すという選択肢もある。誰も責めはしない」
「私は行くよ!」
結衣が真っ先に答えた。
「魔王を倒して、元の世界に帰るんだ。それが私の目的だから」
ジークは結衣を見つめ、そして頷いた。
「オレも行く。結衣を一人で行かせるわけにはいかねぇからな」
ミリアも静かに頷いた。
「私も皆さんと一緒に行きます。皆さんの……カインさんの力になりたいです」
カインは満足そうに笑った。
「そうだな。俺も同じ気持ちだ。明後日、出発しよう」
四人は互いを見つめ、頷き合った。
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図書館では、レイがひとり窓際に座っていた。
本を開いているが、目は文字を追っていない。
「あの娘は、特別だ……」
レイは結衣を思っていた。
彼女が石から放った炎と氷。
それは間違いなく『魔法』だった。
「『魔法』か……」
彼は手のひらを広げた。
そこに、小さな光の球が浮かび上がる。
淡く儚い、だがそれは確かな『魔法』の光だ。
「僕の他に、もうひとり……」
普段は無気力なレイの瞳に、久しぶりに生気が宿っていた。
彼は窓の外を見つめ、遠くを思った。
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翌日、結衣は図書館へと向かっていた。
レイに別れを告げるためだ。
(明日、出発するんだもんね。ちゃんとお礼を言わなくちゃ)
結衣は図書館に入り、いつもの場所を探した。
だが、レイの姿はどこにもない。
「レイ? いないのかな……」
結衣は司書に尋ねた。
「レイを知りませんか? 黒髪の、無口な青年を探してるんですが」
「ああ、よく一緒にいらした方ですね。彼なら今朝方、北に旅立ったようですよ」
司書が説明する。
「旅立った?」
「ええ、荷物をまとめてここに来ました。『世話になった』と言っていましたよ」
結衣は驚いた。
「北……?」
結衣は窓の外を見た。
北の空には、薄い雲が流れていた。
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フクロウ亭では、四人が出発の準備をしていた。
荷物をまとめ、長旅に必要な物資を揃える。
宿の主人が、心配そうな顔で覗きにきた。
「本当に行くのか? 北は危険だぞ。できればこの街にずっと留まっていてほしいくらいだよ」
「心配してくれてありがとう。でも、行かなければならないんだ。すまない」
カインはきっぱりと答えた。
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二日後、四人はヴァルディアを出発した。
街の人々が集まり、四人を見送る。
市民たちは感謝の言葉を口々に述べ、食料や薬草を差し入れてくれた。
「無事に戻ってくるんだぞ!」
「ありがとう! 命の恩人たち!」
感謝の声が飛び交う。
四人は皆に手を振りながら、北の門をくぐった。
衛兵が敬礼する。
新たな旅路が、始まろうとしていた。
(レイも北に行ったんだよね……また会えるかな?)
(……結衣、何か考えてない?)
(蒼には教えないよ!)
(えー! ケチ!)
結衣は期待を込めて空を見上げた。
互いの思いを胸に、互いの道を行く。
だがそれはいつか、再び交わる運命にあった。