第44話 魔王軍襲来(後編) 力を合わせて
南門での避難誘導が終わり、結衣は北へと走っていた。
遠くから聞こえる金属のぶつかる音、叫び声、地響き。
戦いはまだ続いている。
(ジーク、無事かな……)
結衣は息を切らしながら、市場へと向かった。
道中、逃げ遅れた市民を見つけては、安全な方向へ促す。
「南門へ行って! そっちは安全だから!」
結衣の声に、市民たちは頷いて逃げていく。
(蒼、ジークはどこ?)
(北の広場だよ。カインたちが来て、今は一緒に戦ってる!)
結衣は足を速めた。
やがて広場が見えてくる。
そこは、まさに戦場と化していた――
カイン率いる兵士たちが、オークの群れと激しく戦っている。
剣と斧がぶつかり合い、悲鳴と怒号が飛び交う。
血と汗の匂いが、空気を重くしていた。
「ジーク!」
結衣は叫んだ。
広場の端で、消耗しきったジークがオークと対峙していた。
「結衣!?」
ジークが振り返る。
その隙に、オークが斧を振り上げた。
「危ない!」
結衣の声に、ジークは咄嗟に身をかわす。
斧が空を切り、地面に突き刺さる。
ドゴォン!
結衣は急いでジークの元へ駆け寄った。
「大丈夫!? 怪我してるじゃない!!」
「……これくらい、なんでもねぇよ」
ジークの体は満身創痍で、その顔には疲労の色が濃い。
だが、その目はまだ負けていなかった。
「結衣、お前は下がってろ。ここは危険だ」
「ダメだよ! 私も戦う!」
結衣はバッグから赤い石を取り出した。
オークが再び襲いかかってくる。
「行けっ! ファイアボール!」
結衣が叫ぶと、赤石から炎の球が放たれた。
ボンッ!
見事にオークの胸に直撃し、悲鳴があがる。
「…………!!」
ジークは一瞬驚いたが、すぐにニヤリと笑い、態勢を立て直した。
「よし、結衣! オレの後ろで援護しろ!」
「了解!」
二人は息を合わせて、オークに立ち向かう。
ジークがダガーでオークの注意を引きつけ、結衣が赤石で攻撃する。
(結衣、右側から来るよ!)
蒼の警告に、結衣は素早く振り向いた。
別のオークが襲いかかってくる。
「アイススピア!」
グサッ!
青石から放たれた氷の槍が、オークの肩を貫いた。
オークは斧を取り落とし、その隙にジークがトドメを刺す。
「その調子だ!」
ジークが結衣に笑いかける。
二人の連携は、徐々に形になってきた。
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広場の中央では、カインが兵士たちを指揮していた。
「第二小隊、左側を固めろ! 弓兵は後方から援護を!」
カインの声に、兵士たちが素早く動く。
彼の剣さばきは鮮やかで、次々とオークを倒していく。
ザシュッ! ガキン! ドゴォン!
戦場は混沌としていたが、カインの指揮のもと、徐々に戦況が好転していく。
オークたちの動きが乱れ始めた。
だが、その時だった。
「来たぞ! トロールだ!」
兵士の一人が叫んだ。
広場の入口から、巨大なトロールが姿を現した。
身長は優に三メートルを超え、巨大な棍棒を振り回している。
「くそっ……!」
カインが歯を食いしばる。
トロールの一撃は、兵士数人を吹き飛ばした。
ドゴォン! ドゴォン!
地面が揺れる。
トロールの力は圧倒的だった。
「全員、距離を取れ! 包囲して、一気に攻めろ!」
カインの指示で、兵士たちがトロールを取り囲む。
だがトロールの棍棒は長く、なかなか近づけない。
「カイン!」
そこに、結衣とジークが駆けつけた。
「トロールは俺たちが引きつける! その隙に攻撃を!」
ジークの声に、カインは頷いた。
「頼む! 気をつけろよ!」
ジークは素早くトロールの周りを走り回り、注意を引きつける。
結衣も反対側から、赤石で攻撃を仕掛ける。
「ファイアボール!」
炎の球がトロールの顔に命中した。
トロールは怒りの咆哮を上げ、結衣に向かって棍棒を振り上げる。
「結衣、危ない!」
ジークが叫ぶ。
結衣は咄嗟に身を投げ出し、棍棒をかわした。
ドゴォン!
地面が砕け、土煙が上がる。
(結衣! アイススピアをトロールの足に!)
(分かった!)
蒼の言葉に従い、結衣は青石を構える。
「アイススピア!」
氷の槍がトロールの足元を貫き、動きを鈍らせる。
その隙に、カインと兵士たちが一斉に攻撃を仕掛けた。
ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!
兵士たちの剣がトロールの体を切り裂く。
トロールは悲鳴を上げ、よろめいた。
「これで、トドメだ!」
カインが剣を高く掲げ、トロールの胸に突き刺す。
トロールの身体が大きく揺れ、そして崩れるように倒れた。
ドサッ!
地面が揺れる。
トロールの死を見て、残りのオークたちは戦意を失い、逃げ出し始めた。
「追撃しろ! 街から追い出せ!」
司令官の命令で、兵士たちはオークを追いかける。
戦いは、終わりに近づいていた。
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図書館の屋根の上、一人の青年が座っていた。
レイだ。
彼は無気力な表情で、街の戦いを見下ろしていた。
「ふーん……」
特に興味を示すことなく、ただ眺めているだけ。
オークやトロールが倒れていく様子も、兵士たちの奮闘も、レイにとっては退屈な光景に過ぎない。
だがそんな中、彼の目に見知った姿が飛び込んできた。
結衣だ。
手にした石から炎や氷を放つ様子を見て、レイは僅かに眉を動かした。
「……『魔法』?」
レイの無気力な瞳を、好奇心の色が染める。
彼は身を乗り出し、結衣の戦いを注視した。
「あの娘、『魔法』が使えるのか……」
レイの声に、驚きと共に何か別の感情が混じる。
結衣がジークと連携して戦う姿を、彼はじっと見つめていた。
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病院では、ミリアが次々と運ばれてくる負傷者の手当てに追われていた。
包帯を巻き、薬草を塗り、止血をする。
その手は血で染まり、表情には疲労の色が濃かった。
「ミリアさん、少し休みましょう」
看護師が声をかける。
「まだ大丈夫です。これからもっと患者さんが来ます」
ミリアは休むことなく働き続ける。
窓の外では、戦いの音が徐々に遠ざかっていく。
「戦いが終わったようですね」
看護師が安堵のため息をついた。
「カインさんたちは……」
ミリアは心配そうに窓の外を見る。
すると、兵士たちが勝利の声を上げているのが聞こえてきた。
「勝ったんだ……!」
ミリアの目に、安堵の涙が浮かんだ。
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広場では、カイン、ジーク、結衣が肩を寄せ合っていた。
三人とも疲れ切った表情だが、目には勝利の喜びが宿っている。
「やったな」
ジークがカインの肩を叩く。
「ああ。お前たちのおかげだ」
カインが笑顔で答える。
「結衣、今回はお前の小石が役に立った。あれがなかったら、トロールは倒せなかったかもしれない」
ジークが素直に褒めた。
結衣は嬉しくなった。
「えへへ……やっとジークに褒めてもらえたよ」
照れくさそうに、結衣は笑う。
(結衣、ナイスファイト!)
(ありがとう、蒼! アンタのアドバイスも助かったよ!)
蒼と結衣が小声で会話する。
それを見たジークは首をかしげたが、何も言わなかった。
「ミリアは大丈夫かな」
結衣が心配そうに言う。
「病院に行ってみよう。きっと忙しくしているだろうけどね」
カインの提案に、二人は頷いた。
三人は、疲れた体を引きずりながら病院へと向かう。
街は徐々に静けさを取り戻していた。
戦いの傷跡は深いが、市民たちは全員が無事だった。
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図書館の屋根の上、レイはまだ結衣の姿を目で追っていた。
「ちょっと、面白くなってきたかもね……」
その無気力な表情に、かすかな笑みが浮かんだ。
そして、彼はふわりと立ち上がり、屋根から姿を消した。
ヴァルディアに再び平穏が戻ってきた。
それは一時的なものに過ぎないかもしれない。
だが、今日は誰もが勝利の喜びを噛み締めていた。