第43話 魔王軍襲来(前編) 孤軍奮闘の戦場
朝もやの中、ヴァルディアの城壁に立つ見張りの声が響き渡る。
「敵襲だ! 魔王軍が来るぞ!」
警鐘が鳴り響く。
高らかな音色が街中に広がり、眠りから覚めた市民たちを恐怖で凍りつかせた。
「今までの小競り合いとは規模が違う! これはもう戦争だ!」
城壁の上から見える光景は、まさに悪夢だった。
オークの大群が、重装備の戦士として整列して進軍している。
その後ろには、巨大なトロールの姿も見える。
「全市民を避難させろ! 全兵士は配置につけ!」
司令官の声が響く。
街は一気に騒然となった。
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フクロウ亭では、四人が急いで準備していた。
カインは剣を帯び、ジークは二本のダガーを携帯する。
ミリアは薬草袋を肩にかけ、結衣は赤石と青石を準備した。
「みんな、聞いてくれ」
カインが真剣な表情で言う。
「今回は大規模な戦闘になるだろう。それぞれの役割を確認する」
四人は頷く。
「俺は軍の指揮を手伝う。ジークは市民の救出と街の防衛を。ミリアは病院で負傷者の治療を。結衣は市民の避難誘導を頼む」
「了解」
「分かりました」
「任せて!」
それぞれが答える。
窓の外では、すでに混乱が始まっていた。
「行くぞ!」
カインの声で、四人は宿を飛び出した。
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街は恐怖に包まれていた。
市民たちが荷物を抱え、子供の手を引き、必死に逃げている。
衛兵たちは整然と持ち場につき、城壁の防衛を固めていた。
「皆さん、こっちです! 南門に向かって!」
結衣は大きな声で市民たちを誘導する。
パニックになりかけた人々を落ち着かせ、安全な方向へ導く。
「お年寄りと子供を先に! 押さないで!」
結衣の声に、人々は少しずつ冷静さを取り戻していく。
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一方、ジークは北へと走っていた。
そこは街の広場で、魔王軍の侵攻路に最も近い場所だ。
「くそっ、間に合うか!」
ジークは全力で駆けた。
広場では、すでに混乱が始まっていた。
逃げ遅れた市民たちが、恐怖に震えている。
そこへ、城壁を越えた先発隊のオークが数体、侵入してきた。
「グオオォ!」
オークの雄たけびが響く。
巨大な斧を振りかざし、市民たちに襲いかかる。
「逃げろ!」
ジークが叫ぶ。
彼はダガーを構え、オークの前に立ちはだかった。
「こっちだ、豚面!」
オークがジークに気づき、斧を振り上げる。
ドゴォン!
斧が地面を叩き、石畳が砕ける。
ジークは素早く身をかわし、オークの脇腹にダガーを突き立てた。
ザシュッ!
オークが悲鳴を上げる。
だが、まだ倒れない。
再び斧を振りかぶる。
「……ちっ、頑丈だな!」
ジークは身を翻し、オークの足元を狙う。
ダガーがアキレス腱を切り裂く。
ドサッ!
オークが膝をつく。
ジークは躊躇なくトドメを刺した。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
広場の入口から、さらに多くのオークが押し寄せてくる。
「くそっ……!」
ジークは一瞬ひるんだが、すぐに決意を固めた。
彼は市民たちの前に立ち、ダガーを構える。
「逃げろ! オレが食い止める!」
市民たちが南へと逃げ出す中、ジークは一人、オークの群れと対峙した。
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ミリアは病院へと急いでいた。
すでに負傷した衛兵や市民が運び込まれ始めている。
「ミリアさん! 来てくれたのね!」
看護師が安堵の表情で迎える。
「どこから手伝えばいいですか?」
「まずは軽傷の処置を。これから重傷者が増えるわ」
ミリアは頷き、すぐに作業に取りかかった。
包帯を巻き、薬草を塗り、止血をする。
その手際の良さに、感謝の声が上がる。
「ありがとう……」
「助かった……」
ミリアは微笑みを返しながらも、内心は心配でたまらなかった。
結衣とジーク、そしてカインは無事だろうか。
窓の外では、戦いの音が徐々に大きくなっていく。
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結衣は南門付近で、避難する市民たちを誘導していた。
「落ち着いて! 一人ずつ通ってください!」
パニックになりかけた群衆を、結衣は必死に整理する。
子供を抱えた母親、杖をついた老人、怯えた若者たち。
様々な人々が、恐怖に顔を引きつらせながら逃げていく。
(ジークとカイン、大丈夫かな……)
心配は尽きない。
それでも結衣は、自分の役目を果たそうと必死だった。
(蒼、街の様子は?)
(北の広場が大変みたい。ジークが一人で戦ってるよ!)
(え!? 一人で!?)
結衣は振り返り、北の方を見た。
そこからは黒煙が上がり、戦いの音が聞こえてくる。
(でも、私はまだここを離れられない……)
結衣は歯を食いしばった。
まだ大勢の市民が避難を待っている。
「次の人! 急いで!」
結衣は自分の役目に集中した。
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広場では、ジークが奮闘していた。
すでに五体のオークを倒したが、次々と新たな敵が押し寄せてくる。
「はぁ……はぁ……」
ジークの呼吸が荒くなる。
腕には切り傷があり、服は血で汚れていた。
「まだ来るのか……!」
オークの一団が、広場に侵入してきた。
その数、十体以上。
さらに後ろには、巨大なトロールの姿も見える。
「冗談じゃねぇ……」
ジークは額の汗を拭った。
これほどの数では、とても一人では太刀打ちできない。
だが、彼の背後には、まだ逃げ遅れた市民たちがいる。
老人や子供、怪我人たち。
彼らを見捨てるわけにはいかない。
「くそっ……!」
ジークは覚悟を決め、再びダガーを構えた。
オークたちが一斉に襲いかかってくる。
ガキン! ザシュッ! ドゴォン!
金属のぶつかる音、肉を切り裂く音、地面を叩く音。
ジークは必死で戦い、二体のオークを倒した。
だが、まだ大勢が残っている。
「はぁ……はぁ……」
体力が限界に近づいていた。
そのとき、オークの一体が大きな槍を構え、ジークに突進してきた。
「くっ……!」
ジークは身構えたが、疲労で動きが鈍っている。
避けきれるか――
その時だった。
「全軍、前進! 敵を迎え撃て!」
力強い声が響き渡った。
市場の入口から、整然と隊列を組んだ兵士たちが現れた。
その先頭に立つのは、カインとヴァルディア軍の司令官、オズワルドだった。
「ジーク! 下がれ! ここからは俺たちが引き受ける!」
カインの声が、戦場に響き渡った。
ジークは安堵のため息をつき、よろめきながら後退した。
市民を守るという使命は、果たせたようだ。
広場に、カイン率いる軍が展開する。
ヴァルディアの命運を決める戦いが、今まさに始まろうとしていた。