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第42話 市場の混乱、図書館の静寂

 ヴァルディアの市場は、朝から賑わっていた。

 野菜や肉、魚、果物などの食料品が並び、買い物客で溢れている。

 ジークは武器屋から研いだばかりのダガーを受け取り、市場を歩いていた。


「おーい、ジーク! こっちだ!」


 カインが手を振っている。

 ジークは人混みをかき分けて近づいた。


「何か情報はあったか?」


「いや、特には……」


 カインが首を振る。

 その時だった。


「きゃああああ!」


 突然、市場の向こう側から悲鳴が上がった。

 人々が逃げまどい、パニックが広がる。


「何だ!?」


 ジークが叫ぶ。


 人混みの向こうから、緑色の影が素早く動いていた。

 鱗に覆われた体、長い尻尾、鋭い爪を持つ人型の生き物。


「リザードマン! 魔王軍の斥候だ!」


 カインが剣を抜く。

 リザードマンは三体。

 素早い動きで市民を威嚇し、混乱を引き起こしている。


「くそっ! こんな街中まで来やがって!」


 ジークはダガーを構えた。

 一番近いリザードマンが、逃げ遅れた老婆に襲いかかろうとしている。


「させるか!」


 ジークが飛び出した。


 シュバッ!


 ダガーがリザードマンの腕を掠める。

 リザードマンは「シャアッ!」と鋭い声を上げ、ジークに向き直った。


「こっちだ、トカゲ野郎!」


 リザードマンが素早く襲いかかる。

 鋭い爪がジークの頬をかすめた。


 ザシュッ!


 ジークのダガーが、リザードマンの脇腹に突き刺さる。

 緑の血が飛び散った。


「ぐああっ!」


 リザードマンが苦しげに叫ぶ。

 だが、まだ動ける。

 再び爪を振り上げる。


 ガキィン!


 その爪を、カインの剣が受け止めた。


「ジーク、大丈夫か?」


「ああ!」


 二人は背中合わせになり、残りのリザードマンと対峙する。


「衛兵だ! 市民を避難させてくれ!」


 カインが叫ぶ。

 衛兵たちが駆けつけてきた。


 ジークとカインは素早く動き、リザードマンを市場の中央へ追い込む。


「今だ!」


 カインの合図で、衛兵たちが一斉に弓を放つ。


 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!


 矢がリザードマンの体を貫く。

 一体が倒れ、残りの二体は逃げ出そうとする。


「逃がすか!」


 ジークが飛びかかり、ダガーを振り下ろす。


 ザシュッ!


 リザードマンの背中に深い傷を負わせた。

 カインも素早く剣を振るい、最後の一体を仕留める。


 ドサッ。


 三体のリザードマンが地面に倒れた。

 市場は静まり返っている。


---


 一方、図書館では――


 結衣は絵本を開き、レイの指導で文字を学んでいた。

 静かな館内に、二人の小さな会話だけが響く。


「これは『みず』って読むの?」


「そう、水。ここの文字は基本、表音文字だから」


 レイは淡々と説明する。

 結衣は真剣な表情でノートに書き写す。


「レイって、本当に物知りだね」


「別に。普通のことだけど」


 レイは肩をすくめた。

 窓の外からかすかに騒がしい音が聞こえるが、二人は気にも留めない。


「ねぇレイ。レイの故郷ってどんなとこ?」


 結衣が突然尋ねた。

 レイは少し驚いたように目を見開く。


「故郷? もう覚えてないよ」


「そっか。私はね、故郷に帰りたいんだ」


 結衣は少し寂しそうに言った。

 レイは黙って結衣を見つめる。


「帰れないの?」


「うん、今はね。でも、絶対に帰るんだ」


 結衣の瞳は決意に満ちている。

 レイはその表情に、何かを感じたようだった。


「……そっか」


 レイの声が、いつもより少しだけ柔らかい。


---


 市場では、負傷した市民たちが手当てを受けていた。

 ミリアが駆けつけ、怪我人の治療に奔走している。


「ここを押さえていてくださいね」


 ミリアは老婆の傷に薬を塗り、包帯を巻く。


「ありがとう、お嬢さん……」


 老婆が涙ぐむ。

 カインも負傷者の搬送を手伝っていた。


「ミリア、こっちも頼む!」


「はい!」


 ミリアは素早く動き、次々と怪我人の手当てをしていく。

 その姿を見て、カインは感心した。


「さすがだな。本当に頼りになる」


「カインさんこそ、皆を守ってくれてありがとうございます」


 ミリアの頬が赤くなる。

 二人の視線が絡み合い、すぐに離れる。


 その頃、ジークは市民たちに囲まれていた。


「ありがとう、若者! 君が助けてくれなかったらどうなっていたことか……」


「あんたの勇気に感謝するよ!」


「英雄だ!」


 慣れない光景に、ジークは照れくさそうに手を振る。


「別に、大したことじゃねぇよ……」


 だが、内心では誇らしい気持ちがあった。


---


 夕方、図書館から出た結衣は、街の様子がいつもと違うことに気づいた。

 人々が集まって何か話している。

 衛兵の数も増えている。


「何かあったのかな?」


 結衣が宿に戻ると、ミリアが薬草や包帯を整理していた。


「あ、結衣さん! 今日は大変だったんですよ!」


「え? 何があったの?」


 ミリアが市場でのリザードマンの襲撃を説明する。

 結衣は驚いて目を丸くした。


「ええっ!? そんなことがあったの!? 私、全然知らなかった……」


「結衣さんは図書館にいたから仕方ないです……でも、ジークさんとカインさんが市民の皆さんを守ってくれたんですよ!」


 その時、ジークとカインが部屋に入ってきた。

 ジークの額には小さな傷があった。


「ジーク! 怪我してるじゃん!」


 結衣が駆け寄る。


「……これくらい、大したことねぇよ」


 ジークはそっぽを向くが、少し嬉しそうだ。


「ジークがリザードマンを撃退したんだ。見事だったよ」


 カインが笑顔で言う。


「そうなの!? すごいじゃん、ジーク!」


 結衣が感心すると、ジークは照れくさそうに視線を背ける。


「お前は? 図書館で何してた?」


「うん、文字の勉強! だいぶ読めるようになってきたよ!」


 結衣は誇らしげに言うが、ジークは複雑な表情を浮かべた。


---


 夜、レイは一人で街を歩いていた。

 市場の騒ぎの跡を見て、少し眉をひそめる。


「リザードマン……」


 レイは空を見上げた。

 そして、ふと結衣のことを思い出す。


「帰りたい……か」


 レイの無気力な瞳に、かすかな感情が宿った。

 そして、静かに夜の闇へと消えていった。

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