第4話 私だって戦えるんだから!
「話せ。正直に話さないと、お前の命はねぇぞ」
結衣の冒険は、早くも詰みかけていた。
「ちょ、ちょっと待って! いま説明するから!」
結衣は両手を上げて、必死に訴える。
「あのね。さっきも言ったけど、私、異世界から来たの。この世界の人とは違うから、モンスターがドロップするアイテムを使えるんだ」
「……何を言っている?」
ジークはダガーを引かない。
その眼は、依然として疑いに満ちていた。
「さっきの赤い小石! あれ『ファイアボールの石』って言って、私が投げると炎の玉になるの。でも、この世界の人にとっては使えない、ただのガラクタなんだって」
「…………」
ジークは黙ったまま、結衣の顔を睨みつける。
「信じられないよね。でも本当のことなんだよ」
結衣はバッグから、さっき拾ったもうひとつの赤石を取り出した。
「ほら、これもさっきのと同じ石。もし私が嘘ついてるなら、わざわざこんなガラクタ、集めたりしないよ」
本当はお守りがわりに持ってただけだが、それは黙っておく。
「さっきスライムを倒したのは、君が危なかったから。ゴブリンから助けてもらったし、今度は私が助けなきゃって思ったの。本当にそれだけ」
「…………」
ジークの疑いは消えない。
だがその時、草むらがガサガサと揺れた。
「チッ、また何か来やがった……」
ジークが身構える。
草むらから現れたのは、犬ほどの大きさのネズミだった。
赤い目と鋭い牙、そして異様に長い尻尾が特徴的だ。
「ジャイアントラット……」
ジークが呟く。
ネズミは一匹ではなかった。
二匹、三匹と次々に現れる。
「これも強いの?」
結衣が小声でジークに尋ねる。
「いや、一匹ならザコだが、群れで来られるとウゼぇ」
ジークは結衣を解放して、ダガーを構え直した。
その時、蒼が結衣の耳元で囁いた。
(今がチャンス! 証明しちゃえ!)
(でも……)
(大丈夫! 今度は彼に指示を出させるんだ!)
結衣は意を決した。
「ねえジーク! 私が信用できるかどうか、試してみてよ!」
「は!? 今そんな場合か!?」
「君が『あのラットを狙え』って指示して! 私は君の言う通りに動く、そしてアイツらを倒してみせるよ!」
ジークは困惑した。
「お前、正気か!?」
「もちろんだよ!」
結衣は赤い石を構えた。
ラットたちがじりじりと近づいてくる。
「……クソッ!」
ジークはヤケクソ混じりの声で叫んだ。
「一番右のヤツを狙え!」
「了解!」
結衣は一番右のラットめがけて小石を投げた。
ボンッ!
小石がラットに当たった瞬間、炎の玉が爆発する。
周囲のラットも巻き込まれ、悲鳴を上げながら逃げ出した。
「……マジかよ」
ジークは呆然と立ち尽くしている。
「私は別に、君に危害を加えようとか思ってないよ。これでも信じてくれない?」
結衣が聞くと、ジークは渋々ダガーを鞘に収めた。
「……まだその『異世界人』ってホラ話を信用したわけじゃねぇ」
そして、頭をかきながら続ける。
「……だが、とりあえずお前が敵じゃないってことだけは認めてやる」
「それで十分だよ」
結衣はほっと胸をなでおろした。
蒼も(やったね!)とガッツポーズだ。
---
「……ところで」
ジークは焼け焦げたラットの残骸を見ながら言った。
「お前、他にも使える石があるのか?」
「さあ? モンスタードロップってのが使えるらしいけど、よく知らない」
「ふうん……」
ジークは何か考えるように頷いた。
「行くぞ。ラグナスはもうすぐだ」
ふたりは再び歩き始めた。
まだ警戒しているのか、ジークがチラチラとこちらを見てくる。
「ねぇ、ラグナスってどんな町なの?」
結衣が尋ねると、ジークは少し表情を和らげた。
「大した町じゃねえよ、しょぼいスラムだ。でも、悪い奴らばかりじゃない」
「そうなんだ……」
歩きながら、結衣は思い出した。
そもそも自分がこの世界に来たのは、魔王を倒すためだった。
蒼のバカみたいなノリに巻き込まれて。
「そういえば、私がこの世界に来た理由なんだけどさ……」
結衣は歩きながら蒼を見た。
「私、魔王ってヤツを倒さないと元の世界に帰れないんだって。ジーク、魔王のこと、何か知ってる?」
「魔王?」
ジークが振り返る。
「まあ、噂程度にはな。北の方に城があるとか、すげぇ力持ってるとか。でも実際に見た奴はいねぇ」
「そうなんだ……」
結衣は考え込んだ。
魔王とやらを倒さないと、元の世界に帰れない。
でも、どうやって?
そもそも、どんなヤツかも分からないのに?
「見えてきたぞ」
ジークが前を指す。
丘の向こうに、小さな町のシルエット。
煙突の煙や石造りの建物が遠くに見える。
「あれがラグナス?」
「ああ。貧相だが、それなりに悪くない町だ。俺の知り合いもいるしな」
「ふーん……」
結衣は少し緊張した。
異世界の町。
どんな人がいて、どんな生活が営まれているのか。
不安と期待が入り混じる。
「ところで」
ジークが突然立ち止まり、結衣を見た。
「お前、金は持ってるのか?」
「え? お金?」
結衣はハッとして自分のショルダーバッグを探った。
財布はあったが、中身は日本円。
この世界では何の役にも立たない。
「……ないかも」
「だろうな」
ジークは小さく笑った。
「まあいい。それくらいはオレが面倒見てやる。その代わり……」
「代わり?」
「オレはモンスターハンターだ。モンスターを倒して、その戦利品で稼いでる。売れない小石はくれてやるから、お前はそれでオレの戦闘をサポートしろ」
思いがけないジークの提案に、結衣は目を白黒させた。
「え? でも、私は魔王を倒さないとだし……」
「お前ひとりで魔王にたどり着くアテはあるのか? 少なくともオレと一緒にいれば、そこらで野垂れ死には避けられると思うぜ」
確かに一人では何もできない。
でも、ジークを巻き込んでいいのだろうか?
「……でも、魔王って危険なんでしょ? 君まで巻き込むのは悪いよ」
「は? 誰が魔王と戦うと言った? オレは見つけるのを手伝うだけだ。魔王はお前が一人で倒せ」
「えっ、ひどっ!」
でも、それくらいの距離感の方がいいのかもしれない。
「……分かった。じゃあ、よろしくお願いします」
「話が早いのは嫌いじゃない」
ジークが悪ガキっぽくニヤリと笑う。
ふたりはまた歩き出した。
ラグナスの町が、だんだんハッキリ見えてくる。
(ねぇ蒼)
結衣は小声で肩の青い鳥に話しかけた。
(本当に帰れるのよね? 魔王を倒したら)
(もちろん! 多分ね!)
(『多分』て何よ! ちゃんと帰さないと許さないんだから!)
結衣の小さな抗議は、誰にも聞かれることなく風に消えていった。




