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第35話 焚き火に爆ぜる、男たちの本音

 グレイラン平原の夕暮れは、思ったよりも静かだった。

 どこまでも続く草原が、茜色に染まっている。

 乾いた草の香りが鼻をくすぐる。

 風が吹くたび、草の波がさざめいた。


「よし、今夜はここで野営だ」


 ジークが手際よく薪を集めてくる。

 カインは火打石を取り出し、カチカチと火花を散らす。

 ミリアは薬草を刻み、スープを煮始めた。

 結衣は干し肉を串に刺して炙る。


 焚き火がパチパチと音を立てて燃える。

 四人はその周りに腰を下ろした。

 夜風が頬に冷たく、焚き火の熱が心地いい。


「今日もいろいろあったね」


 結衣がぽつりと言う。


「ノルデンの森、危なかったですね……」


 ミリアがスープをかき混ぜながら呟く。


「でも、カインがいたから助かったよ!」


 結衣が素直に褒めると、カインは得意げに胸を張った。


「おっと。俺の華麗な剣さばきに見とれてしまったかな?」


「……調子に乗りすぎだ」


 ジークがジト目で睨む。

 カインが笑う。


 結衣はふと、焚き火を見つめた。

 炎の揺らぎが、なんだか心を落ち着かせる。


「こうやってみんなでご飯食べるの、なんか家族みたいだね」


「家族ですか……」


 ミリアが小さく微笑む。


「家族か。そういうの、ちょっと憧れるな」


 カインが遠くを見るような目をした。

 火箸で灰をいじる。


「王子サマのくせに、何言ってんだよ」


 ジークが茶化し、カインは肩をすくめる。

 そのやりとりに、結衣とミリアがくすくすと笑う。


 やがて、スープができあがった。

 ミリアが器によそい、みんなに配る。


「いただきます!」


 四人は一斉にスープをすすった。

 薬草の香りと、ほんのり塩気のきいた味。

 身体がほっと温まる。


「ミリアのスープ、最高だね!」


 結衣が親指を立てる。


「ありがとうございます。疲労回復の薬草を混ぜてあるんですよ」


 ミリアは照れたように笑った。


「ねぇカイン、ヴァルディアまであとどれくらい?」


 結衣がカインに尋ねる。


「たぶん、あと五日ってところかな。道中では広い浅瀬を渡るから、気をつけて進もう」


「またモンスターが出るのでしょうか……」


 ミリアが不安そうに言う。


「君のことは俺が守るから、安心してくれていいよ」


 カインは自信満々だ。


「またそれかよ」


「カインはホントにチャラ男だねー」


 ジークが呆れたようにため息をつく。

 結衣も笑う。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。


---


 星が空いっぱいに瞬き、ふたつの月が輝く。

 結衣とミリアは寝袋にくるまり、早々に眠りについた。


 焚き火の火だけが、静かに揺れている。

 ジークとカインが、火を挟んで向かい合っていた。


 しばらく、無言。


 カインが火箸で灰をいじる。小さな火花が舞い上がった。


「なあ、ジーク」


 カインが先に口を開いた。


「お前、昔からずっとひとりで生きてきたのか?」


「……ああ」


 ジークは炎を見つめたまま答える。

 拳を軽く握る。


「オレは辺境のスラムで育った。親の顔も知らねぇし、周りはろくでもない奴ばかりだった」


「そうか」


 カインは静かに頷いた。


「俺は王宮で育った。何不自由ない生活だったけど、自由なんてなかったよ」


「……贅沢な悩みだな」


 ジークが皮肉っぽく笑う。


「そうかもな。でも、王子だからって何でもできるわけじゃない。常に立場に縛られて、やりたいことも思うようにはいかない。それが王子サマってヤツの現実さ」


 火箸で灰をいじる手が止まる。

 ジークはしばらく黙っていた。


 焚き火の火が、彼の横顔を照らす。

 そして、ジークはボソっと呟いた。


「……昔、オレの面倒を見てくれてたジジイが死んだ。誰もジジイの死を気にかけなかった。これが現実だってな……それから信じるものは自分だけと決めた」


「……そうか」


 ジークは誰に語るでもなくひとりごちる。

 カインはそれを静かに聞く。


「でも、今はちょっと違うかもな」


「結衣がいるからか?」


 カインが茶化す。


「……うるせぇよ」


 ジークはそっぽを向く。

 拳を握ったまま、焚き火を見つめる。


「でもまあ、この旅は悪くねぇ」


 ジークの言葉に、カインは笑った。

 そして語る。


「俺は王子として、民を守りたいと思う。でも王宮の中じゃ何もできない。だから、こうして外に出てきた」


「……意外と根性あるじゃねぇか、王子サマ」


 ジークがぽつりと言う。


「お前もな」


 カインが静かに返した。


 焚き火の最後の薪がパキッと折れる音がした。

 ふたりの間に、これまでにはなかった信頼感が静かに芽生える。


 遠くで夜風が草原を揺らす音がした。


---


 翌朝、結衣とミリアが目覚めると、ジークとカインはすでに並んで朝食の火を起こしていた。


「なんか、ふたりとも今日は仲が良い?」


 結衣が首をかしげる。


「さあ? どうかな」


 カインがにやりと笑った。


(アレじゃない? 男の友情とか絆ってヤツ。僕にはよくわからないけどね!)


(ホントにどうでもいいコメントをありがとう)


 蒼が結衣に囁きかけ、結衣が冷たくあしらう。

 いつもの光景だった。

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