第34話 王子様と行く魔王討伐の旅
朝日が『黄金の葡萄亭』の窓から差し込み、結衣の目を刺激した。
昨日の出来事が夢だったらいいのに、と思いながら目を開ける。
(おはよう、結衣!)
青い鳥が呑気に窓辺でさえずっている。
夢じゃなかった。
(ねぇ蒼、昨日のあれは何だったの? カインが王子様だったなんて)
(結衣に見る目がないだけだと思うよ!)
(うるさいな!)
結衣が枕を投げつけ、蒼は軽々とかわす。
(それより、今日からどうするの?)
(魔王が北にいることも分かったし、もう王都でやることはなくなっちゃったよね……)
考え込む結衣の耳に、階下から賑やかな声が聞こえてきた。
---
「おはよー、ねぇ今日はどうする?」
食堂に降りた結衣は、そこで目を疑った。
ジークとミリアと共にテーブルに座っていたのは、昨日、この国の第二王子だと判明したばかりの男。
その名もカイン・アレクサンダー・ルイス・アルヴァニスだ。
そして彼は昨日の正装ではなく、なぜか冒険者風の旅装束に身を包んでいた。
「カイン王子様!?」
「おはよう、結衣」
カインは変わらぬ陽気な笑顔で手を振った。
「王子とか堅苦しいのはやめてくれよ。いつも通りカインでいいから」
「でも、昨日は……」
「あれは公式の場だったからね。今日からはいつものカインに戻るよ」
ジークが不機嫌そうに口を開いた。
「お前は何しに来たんだ?」
「君たちも魔王が目的なんだろ? なら、協力しない手はないよな」
カインはさも当たり前のように言った。
「え? でも王子様が私たちと一緒に旅するなんて……」
「そうだよ。だいたい王子様なんだから、普通は警護の者とかが一緒なんじゃないの?」
ミリアはカインを心配し、結衣はもっともな疑問を口にする。
「今回は極秘の任務だから護衛は不要だと父を説得したんだ。それに……」
カインはミリアに微笑みかけた。
「俺ひとりより、君たちと一緒の方が心強いよ」
「え……? あ、あの……」
ミリアの頬が赤く染まる。
「ちょっと待て」
そこへジークが割り込んだ。
「北方への道中はこれまでとは段違いに危険だ。オレは王子サマの護衛を引き受けた覚えはねぇぞ」
「おや? 奴隷商人摘発の時は背中を預けあった仲なのに、君はまだ俺の腕を信用してないのかい?」
カインの挑発的な笑みに、ジークは黙り込む。
「心配しなくても、君たちにお守りをしてもらうほどヤワじゃないつもりだよ。それに……」
カインは真剣な表情になった。
「俺は北方を旅した経験がある。北への案内役には、俺が一番うってつけだ」
結衣はジークを見た。
ジークはしぶしぶ頷いた。
「言っとくが、自分の身は自分で守れよ。何があってもオレは知らねぇぞ」
「もちろんそれで構わないさ」
カインは笑った。
---
王都アルヴァニスを出発し、四人は北へと向かう街道を行く。
最初の目的地は、魔王領との境界線にある城塞都市、ヴァルディアだという。
「ヴァルディアは北方の最前線だ。魔王軍の情報は、自然とここに集まる」
カインが説明する。
結衣が質問した。
「ヴァルディアまではどのくらいかかるの?」
「順調なら一週間くらいかな。道中は危険なモンスターも出没するから、気をつけないとね」
「モンスターですか?」
ミリアが不安そうに聞いた。
「ミリアは安心してくれて大丈夫だよ。俺がいるから」
カインは自信満々に胸を張った。
ジークがジト目でカインを睨む。
「ほんっと、こういうところはただのチャラ男よねー」
結衣はひとり笑いをこらえた。
---
街道を半日ほど進むと、前方に深い森が見えてきた。
「あれがノルデンの森だ」
カインが指さす。
「植物系モンスターが出没するから、注意が必要だよ」
森に入ると、日差しが遮られて薄暗くなった。
木々の間から漏れる光が、幻想的な雰囲気を作り出している。
「綺麗な森……」
「薬草もたくさん生えてそうです……」
結衣は美しい景色に感動し、ミリアは薬草ガチ勢の本領を発揮している。
「おい、気を抜くな」
ジークは警戒した。
「何か来るぞ」
その言葉通り、木々の間から何かが動いた。
「あれは……」
カインが剣を抜く。
木の枝から緑色のツルが垂れ下がり、ズルズルと蛇のように動いている。
「ポイズンアイビーだ! 気をつけて!」
シュルルルッ!
ツルは突然、結衣に向かって襲いかかった。
「きゃあっ!」
結衣は咄嗟に身をかわしたが、別のツルが足首に絡みついた。
「結衣!」
ジークが駆け寄ろうとするが、彼の前にも邪魔なツルが立ちはだかる。
「結衣さん! ジークさん!」
ミリアが悲鳴を上げた。
結衣は足を引っ張られ、地面に倒れた。
「きゃああっ!」
シュッ!
結衣がそのまま宙づりにされようとしたまさにその時、一筋の光が走った。
カインの剣だ。
驚くべき速さで結衣の周りのツルを切り裂き、次にジークの前のツルも一刀両断した。
「みんな、下がって!」
カインは軽い身のこなしで剣を振るい、周囲のポイズンアイビーを次々と切り裂いていく。
その剣さばきは、まるで舞のようだ。
「すごい……」
結衣は呆然と見つめた。
数分後、全てのツルは切り刻まれ、地面に散乱していた。
カインは剣を鞘に収め、にっこりと笑う。
「ね? 俺と一緒で良かっただろ?」
「え? ああ、ありがと、カイン」
結衣とミリアは感心した表情で頷いたが、ジークは「フン」と鼻を鳴らした。
「結衣、足は大丈夫?」
カインが心配そうに尋ねる。
「え? あ、うん、大丈夫」
ミリアが駆け寄ってきた。
「念のために見せてください。ポイズンアイビーの毒は弱いですけど、放っておくと腫れるんです」
ミリアが結衣の足首を確認すると、かすかに赤くなっていた。
「やっぱり、軽く腫れてますね。これを塗っておきましょう」
ミリアは薬草の軟膏を取り出し、結衣の足首に塗った。
「ありがとう、ミリア」
「いえ、どうしまして」
ミリアはにっこりと微笑んだ。
---
ジークはツタの残骸の中で戦利品を漁る。
その中に、白い小石があった。
「結衣。これ、お前が使える小石か?」
ジークは結衣に小石を投げてよこす。
蒼が小石を見て言った。
(これはミストヴェールの石だね! 濃い霧を発生させてモンスターの視界をさえぎることができるよ!)
(ふーん。それってすごいの?)
(あんまりレア度は高くないね。でも、どっかで役に立つかも!)
(じゃあ持っておこうか)
結衣は白い小石をバッグにしまった。
「さあ、先に進もう」
カインが前を指さす。
「この森を抜けると、グレイラン平原だ。今日はそこで野営をして、明日はエルディアの浅瀬を目指そう」
四人は再び歩き始めた。
結衣は思った。
この旅は、思ったより大変かもしれない。
でも、なぜか楽しみでもある。
結衣の頭上を飛びながら、蒼もクスクスと笑っていた。