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第33話 王子様とか聞いてないよ!!

 その朝、『黄金の葡萄亭』の食卓には、どこか緊張感が漂っていた。

 結衣はパンをちぎりながら、ふと呟く。


「なんか、今日は空気が違う気がする……」


「気のせいだろ」


 無愛想に言うジークも、腕を組んだまま落ち着かない様子だ。


「私も……なんだか胸がざわざわします」


 ミリアはティーカップを両手で包みこむ。

 指先がほんのり震えていた。


 その時、扉が重々しく開いた。


「やあ、みんな」


 そこに立っていたのは、いつもの陽気なカインではなかった。

 金の刺繍がきらめく純白の正装。

 腰には装飾の施された剣。

 背筋はまっすぐ、瞳は鋭く光っている。


「カイン……?」


 結衣が目を丸くする。


「なんだその格好は?」


 ジークがあっけに取られる。


「説明している時間がない。今すぐ、みんなに来てほしい場所がある」


 カインの声は、いつになく低く、重い。


「どこに?」


「王宮だ」


 三人は一斉に椅子をきしませて立ち上がった。


「え? 王宮って、あの王宮?」


「そうだ。これから国王陛下に謁見する」


 ミリアはティーカップを落としそうになり、慌てて両手で押さえた。


「あの、どうしてカインさんが……」


「行けば分かる。ついてきてほしい」


 カインの瞳に、有無を言わせない圧が潜んでいた。


---


 王宮への道すがら、結衣たちは落ち着かない様子だった。


「ねえ、本当に大丈夫なの? 私たち、王様に会うの?」


「そうだよ」


 カインはさも当然のように答える。


「なんでオレまで王宮に……」


 ジークは渋い顔をする。


 一行は王宮の門に着いた。

 門番は、カインを見るなり驚いた表情で敬礼した。


「カイン様! お帰りなさいませ!」


 結衣たちは目を丸くした。


「カイン『様』……?」


 カインは衛兵に手を上げると、三人を連れて堂々と王宮の中へと入っていく。


---


 広大な庭園には噴水と彫像、色とりどりの花が咲き乱れている。

 回廊の大理石は朝の日差しを冷たく反射し、壁には壮麗なタペストリーが連なっていた。

 その一枚には、かつての建国の英雄が描かれている。


「ここが……王宮……」


 ミリアは息を呑む。

 声が微かに震えている。


「なんか、夢みたい……」


 結衣も圧倒されていた。

 やがて一行は巨大な扉の前に到着した。


「ここが謁見の間だ」


 カインが静かに言う。


「みんな、これから起きることに驚くかもしれないが、どうか冷静に見守っていてほしい」


 三人は不安と緊張で顔を見合わせた。

 扉が開き、中から侍従が現れる。


「カイン様、陛下がお待ちです」


 カインは深く息を吐くと、三人に向き直った。


「行こう」


---


 謁見の間は天井が高く、床は磨き抜かれた大理石。

 ひんやりとした空気が、足元から伝わってくる。


 正面には、金と宝石で飾られた玉座。

 そこには威厳に満ちた王が座り、その横には厳格な表情の若い男性が立っていた。


 結衣たちは緊張で足がすくむ。


「陛下、第一王子殿下」


 カインが進み出て、深々と頭を下げた。


「久しぶりだな、カイン」


 アルヴァニス国王、アルトリウス三世が穏やかな声で言う。


「随分と長い間、姿を見せなかったな、弟よ」


 執政官を兼任する第一王子、パーシヴァルが冷ややかな声で続けた。


「弟……?」


 結衣が小さく呟く。

 カインは真っ直ぐに立ち、堂々とした声で宣言した。


「アルヴァニス王国第二王子、カイン・アレクサンダー・ルイス・アルヴァニス。ただいま帰参いたしました」


 その言葉に、結衣たちは腰を抜かさんばかりに驚いた。


「えええええっ!?」


「王子!?」


「カインさんが……!?」


 三人の声が謁見の間に響く。


「そうだよ」


 カインは三人に向き直り、申し訳なさそうに微笑んだ。


「今まで隠していてすまなかった。でも、今日はそのことで来たわけじゃない」


 カインは再び父王と兄に向き直った。


「陛下、兄上。いま王都で起きている重大な問題について、直訴したいことがあります」


 カインは難民キャンプの状況、人攫い事件、そして奴隷商人と貴族の繋がりについて、詳細に報告した。

 そして、昨夜捕まえた奴隷商人たちが釈放された経緯も説明する。


「……そして、この事件の黒幕は、フェルディナンド侯爵であると確信しています」


 カインの言葉に、国王とパーシヴァルは顔を見合わせた。


「フェルディナンド侯か……」


 国王が重々しく呟く。


「……実は、我々も彼の行動を注視していた」


 パーシヴァルが口を開いた。


「彼には魔王軍と通じている疑いがあったが、証拠がなかった。宮廷内の派閥闘争や権力争いもあり、こちらもうかつに手を出せずにいたのだ」


 そしてパーシヴァルは、カインたちに向かって頭を下げた。


「だが結果として、難民の方々や子供たちを危険にさらしてしまった。申し訳ない」


 結衣たちは王族が頭を下げる姿に、戸惑いを隠せなかった。


「兄上……」


 カインも驚いた様子だった。


「だが、これで決まりだ」


 国王が厳しい声で宣言した。

 

「フェルディナンド侯は、本日をもって爵位を剥奪し、拉致誘拐及び人身売買の罪により投獄する」


 国王の命令に、統率のとれた近衛兵たちが動き出す。

 侯爵の捕縛は時間の問題だろう。


「カイン、お前と友人たちの勇気ある行動に感謝する」


 パーシヴァルが進み出て、四人に礼を述べた。

 カインは頷き、再び国王に向き直る。


「陛下、これは氷山の一角に過ぎません」


 カインはさらに話を続けた。


「北方では、魔王の圧政がますます強まっています。村々が焼かれ、人々が連れ去られ、反抗する者は処刑される。このまま座視し続ければ、いずれ我が国の未来も同じものとなりましょう」


 国王の表情が曇る。


「魔王討伐の必要性は理解している。だが、我が軍をむやみに動かすわけにはいかんのだ……」


「だからこそ、まずは情報が必要です」


 カインは真剣な眼差しで言った。


「私に北方を偵察する許可をください。魔王の拠点、兵力、弱点……それらを探り、討伐の足がかりを作りたいのです」


 父王とパーシヴァルは沈黙した。

 やがて王がゆっくりと口を開いた。


「危険な任務だぞ、カイン」


「承知しています」


「……よかろう。魔王領の偵察任務をお前に命ずる」


 国王アルトリウス三世の言葉に、カインは深く頭を下げた。


「感謝します、陛下」


 結衣たちは、目の前で展開する予想外の出来事に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


---


 謁見の間を出た四人。

 廊下の大理石は冷たく、窓から差し込む朝の光がタペストリーの英雄の絵を照らしていた。


 結衣は思わずカインの袖を掴む。


「ちょっと待って! カイン、いや、王子様!? いったい何が起きてるの!?」


 カインは苦笑いした。


「落ち着いて、結衣。確かに俺は王子だが、どうか今まで通りに接してほしい」


「……あの、どうして今まで黙ってたんですか?」


 ミリアが困惑した表情で尋ねる。


「王子の立場だと、王都では自由に動けない。だからひとりの市民として、弱者のために活動したかった。そして、市民の現状を肌で感じたかった」


 カインは窓の外を見つめた。

 ジークがカインに尋ねる。


「……それで、お前はこれからどうするつもりだ?」


「君たちも聞いた通りだ。これより王命のもと、北へ向かう。魔王軍の情報を集めるために」


 カインの瞳は、決意の炎に揺れていた。


 突然明かされた真実と、これからの展開に、結衣たちはまだ頭が追いついていなかった。

 その肩で、蒼が小さく(僕の功績は!?)と主張していることに、結衣だけが気づいていた。

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