第30話 攫われた子供たちを救え!
『黄金の葡萄亭』の食堂には、昨夜の祭りの余韻がまだ残っていた。
結衣は焼きたてのパンをかじりながら、ミリアとジークと一緒にテーブルを囲む。
「昨日の花火、すごかったね!」
「食いながら喋るな。行儀が悪いだろ」
「ジークってば小姑みたいだよね」
ミリアは控えめにハーブティーを飲みながら、二人のやり取りを微笑んで見ている。
「お祭り、また来年も見たいですね」
「来年も……か。どうなってるかな、その頃には」
ジークがぼそりと呟いた時だった。
バン! と勢いよく扉が開く。
「大変だ!」
カインが、息を切らしながら駆け込んできた。
ミリアが目を丸くする。
「どうしたんですか、カインさん?」
「また難民キャンプで子供がいなくなった。それも何人も」
空気が一気に張り詰める。
「今朝、親たちが騒いでて……どうやら夜中にまとまって攫われたらしい。衛兵に訴えても、まともに動く気配がない」
「……衛兵は当てにならない、か」
ジークが低く呟く。
「私たちでやるしかないね」
結衣がきっぱりと言った。
「昨日の前夜祭で人が多かったから、犯人も目立たず動けたんだろう」
カインの目が鋭くなる。
「とにかく、現場に行こう」
四人は急いで難民キャンプへ向かった。
---
朝の空気はひんやりとしている。
テントの間には、泣きじゃくる母親や怒りに震える父親たちが集まっていた。
「うちの子が……!」
「誰か、子供を探してくれ!」
ミリアはすぐに母親たちのもとへ駆け寄り、優しく肩を抱いた。
「大丈夫です、私たちが必ず見つけますから」
カインは周囲を見回し、ジークと結衣に目配せする。
「俺たちは現場を調べる。君たちは聞き込みを頼む」
---
子供たちが寝ていたテントの周りを、カインとミリアは調べて回る。
「足跡は残ってないね」
カインが地面を見ながら呟く。
「でも、何か手がかりがあるはずです」
ミリアはテントの中を覗き込む。
布団が乱れ、小さな靴が片方だけ残されていた。
「これ……連れ去った跡ですか?」
ミリアが指差す。
「寝ている間に連れ出されたんだろうな」
カインが真剣な顔で分析する。
ふたりはキャンプ外の石畳の道に出た。
「ここで、何かに乗せられたのかも……」
「馬車?」
ミリアがぽつりと呟く。
「でも馬車なら、音で気づくはずじゃ……」
「石畳の道なら、余計に騒音で目立つだろうね」
カインが腕組みをして考え込む。
「でも、何かで運ばれたのは間違いない」
---
結衣とジークは周囲の住民に聞き込みを始めた。
「昨夜、何か変わったことはありませんでしたか?」
「いや、祭りで騒がしかったし……でも、夜中に大きな荷車が通るのを見たよ」
「どんな荷車だったんですか?」
「さあなぁ……布で覆われてて、中までは見えなかった」
結衣がメモを取る。
「荷車はどこへ向かったか分かりますか?」
「分からんが、北門の方じゃないかねぇ」
ジークが唸る。
「北門か……祭りの混雑で警備が手薄になっていたのかもな」
「でも、門番は何も見てないって言ってたよ? あ……もしかして、門番もグルとか?」
「いや、まだ決めつけるのは早い。門番に気づかれないよう、何か細工をしたのかもしれない」
---
昼過ぎ、四人は情報を持ち寄って再び集まった。
「まとめると、子供たちが攫われた後、昨夜の祭りのどさくさに紛れて、布で覆われた荷車が通った。荷車は北門方面へ向かったが、門番は何も見ていない」
「やっぱりその荷車が怪しいよね。連れ去ったのは誰だろう?」
結衣が真剣な顔でカインに尋ねる。
「……考えたくない話だが、王都に奴隷商人が紛れ込んでるんじゃないかと思う」
「奴隷商人!?」
ミリアが驚く。
「そんな人たちが、王都にいるなんて……」
「魔王軍に制圧されて以降、北方では奴隷狩りや奴隷売買が平然とまかり通っている。それがここ王都にまで進出してきた、というわけだ」
「仮にもしその通りだったとして、どうやって証拠を掴むの?」
結衣の質問に、カインが答える。
「以前、商会ギルドに、ここ一、ニ年の間に商売を始めた新参者がいないか聞いてみたことがある。答えは『イエス』だった」
「それって……」
「表向きは普通の商会だが、奴隷商人となんらかの繋がりがある可能性は否定できない」
ジークが低く唸る。
「よし、そいつらをマークしよう」
---
四人は北門近くの商会ギルド倉庫街に向かった。
カインが小声で説明する。
「ここは普通の倉庫街だけど、王都の中では人を隠しておくのに一番うってつけの場所だ。もし荷車が夜中に北門を通らなかったのなら、まだここに子供たちがいるかも知れない」
「じゃあ証拠を掴んで一斉摘発だね!」
結衣が拳を握る。
「でも危険ですよ? 相手は組織的に動いてる可能性が高いんです」
ミリアが不安そうに言う。
「大丈夫。君のことなら、きっと僕が守ってみせるよ」
カインが自信ありげに微笑む。
ミリアの頬が赤くなった。
「あ、ありがとうございます……」
「衛兵には?」
ジークが質問する。
「証拠を揃えてから突き出そう。下手をすればこちらが面倒なことになりかねない」
カインの意見で、四人は倉庫街の一角に身を潜め、監視を開始した。
なんの動きもなく、やはりハズレだったかと諦めはじめた頃、倉庫街に怪しい男たちの影が現れた。
「……ビンゴか」
ジークが低く呟く。
「ここからが本番だ」
カインが小さく頷く。
「みなさん、気をつけて」
ミリアが静かに言う。
「よし、行こう!」
結衣が小さく拳を握る。
王都の闇に潜む奴隷商人たちを暴くため、四人は決戦の舞台へと足を踏み出した。