第3話 ドロップアイテムは疑惑の入口
ラグナスへの道中、結衣はジークがポイ捨てした赤い小石のひとつを手のひらで転がしていた。
(ねぇ蒼、これ本当に役に立つの? ただの石ころにしか見えないんだけど)
(うん! これはファイアボールの石だよ。一回だけしか使えないけど、結構強力なんだ)
結衣の肩に止まった蒼が、得意げに説明する。
(使い方は? 何かカッコいい呪文とか唱えるの?)
(ううん、投げるだけ! 敵に向かって投げると、勝手に炎の玉になって爆発するんだ!)
(マジで? そんな便利グッズなの?)
結衣は半信半疑で石を眺めた。
どう見てもただの赤い小石。
集めて小瓶にでも入れれば、ちょっとしたインテリアくらいには使えそうだ。
「ねぇ君、この小石って何か特別なの?」
前を歩いていたジークが振り返り、面倒くさそうに答える。
「ん? ああ、さっきのクズ石か。ゴブリンなんかがよく落とすけど、ただの石ころだ。二束三文にもなりゃしねぇ」
「でも、これって魔法の石とかじゃないの?」
「はあ? 何言ってんだ。ただの石だろ」
ジークは呆れた顔で言い、再び前を向いた。
(ねぇ! 知らないんだって)
結衣が小声で囁く。
蒼は肩をすくめた。
(この世界には『魔法』が存在しない。ここの人間は、モンスタードロップのアイテムを使えないんだ。だから価値ゼロ。石を使えるのは結衣が異世界人だからだよ)
(へえ、異世界人特典ってやつ?)
結衣は再び石をバッグにしまい込んだ。
本当に使えるかどうかは怪しいけど、いざという時のお守りとして持っておいてもバチは当たらないだろう。
森を抜けると、草原が広がっていた。
ラグナスまではあと少しだとジークは言う。
「あ、そういえば」
結衣は思い出したように質問した。
「この世界って、他にどんなモンスターがいるの?」
「ん? いろいろだな。ゴブリン、コボルト、スライム、ジャイアントラット……数え切れねぇよ」
「スライム? ゲームに出てくる?」
「ゲー……何だ?」
「ううん、なんでもない」
その時、地面が微かに揺れた。
「……今の、何?」
ジークが立ち止まり、周囲を警戒する。
再び地面が揺れる、今度は少し強く。
「来るぞ……」
ジークがダガーを構えた瞬間、地面から巨大な青い塊が飛び出してきた。
「うわっ! 何!?」
結衣が叫ぶ。
目の前にいるのは、人の背丈ほどもある巨大なスライム。
ぷるぷると震えながら、ふたつの黒い目玉で結衣たちを見つめている。
「ジャイアントスライムか……厄介だな」
緊張をはらんだジークの声。
「強いの?」
「ああ、普通のスライムよりパンチあるし、酸もヤバい。下手に切りつけると武器が溶けちまう」
ジャイアントスライムがゆっくりと近づいてくる。
ジークは結衣に小声で指示した。
「お前は後ろに下がってろ。オレが何とかする」
「で、でも……」
「いいから下がれ!」
ジークが飛び出し、ジャイアントスライムに斬りかかる。
ダガーがスライムの表面を切り裂くが、すぐ元に戻ってしまう。
「チッ!」
ジークは素早く動き回り、スライムの弱点を探る。
しかし、どこを攻撃しても効果は薄い。
一方、ジャイアントスライムは酸性の液体をビシャッと飛ばし、ジークを攻撃する。
ジークは何とか避けるが、動きが徐々に鈍くなっていく。
ジュッ!
「くそっ……」
ジークが膝をつく。
どうやら、足に酸が掛かったらしい。
「ジーク!」
結衣が悲鳴をあげる。
ジャイアントスライムがジークに迫る。
(結衣! 赤い小石を使って!)
蒼が耳元で叫んだ。
(え? でも……)
(大丈夫! 信じて! 投げるだけでいいから!)
結衣は赤い小石を取り出した。
本当に効くかどうか、分からない。
でも、このままじゃ彼が危ない。
(怖い……だけど、私がやらなきゃ、誰がやるの……?)
手が震えている。
だけど、やるしかない。
「……やってやろうじゃないの!」
結衣は意を決し、ジャイアントスライムめがけて小石を投げた。
ヒュンッ!
石がスライムに向かって飛んでいく。
そして――
「え?」
小石はスライムの体に吸収され、静寂が訪れた。
呆気に取られる結衣。
「…………」
と思いきや、突如スライムの体内で赤い光が広がる。
「うわっ!」
ドーン!
次の瞬間、ジャイアントスライムの体が内側から炎に包まれ、爆発した。
青い粘液が四方八方に飛び散る。
「うわあああ! 熱っ!」
結衣は思わず顔を覆った。
爆発の熱波が襲いくる。
爆発が収まると、ジャイアントスライムはブスブスと音を立てて、半分ほどのサイズに縮んでいた。
表面が焦げて黒くなっている。
「……今だ!」
ジークが立ち上がり、弱ったスライムに飛びかかる。
ダガーが青い体を貫き、今度こそジャイアントスライムは動きを止めた。
「やった……」
結衣はほっと息をついた。
石、マジで効いた。
蒼の言った通りだった。
ジークはジャイアントスライムの残骸を確かめると、ゆっくりと結衣の方へ歩いてきた。
けれど、その表情は読み取れない。
「……お前、そんなことができたのかよ?」
「え? あ、うん……」
シュッ!
結衣が答えようとした瞬間、ジークの手が素早く動く。
気づいた時には、ダガーの切っ先が結衣の喉元に突きつけられていた。
「ちょっ……!」
「黙れ」
ジークの視線は暗く鋭く、そして冷たかった。
さっきまでの生意気な少年とは別人のようだ。
「……お前、本当は何者だ? 何が狙いで近づいた?」
低い声で、ジークは詰問した。
「え? だから、異世界から来たって……」
「よく考えてから喋れ。お前、さっき妙な術を使ったな。あれは何だ?」
ダガーの先が、わずかに結衣の肌に触れる。
「え、あの、それは……」
結衣は焦って蒼を見た。
だが青い鳥は、困ったように首をふるふるとさせるだけだ。
「どうしよう……」
結衣の頭の中は混乱していた。
せっかく仲良くなれるかも知れなかったのに、こんなことになるなんて……
ジークのダガーは微動だにしない。
その眼は、疑惑と警戒に満ちていた。
「話せ。正直に話さないと、お前の命はねぇぞ」
結衣の冒険は、早くも詰みかけていた――