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第29話 祭りの夜は恋の始まり!?

 その日、王都アルヴァニスはいつもより賑やかだった。

 結衣が宿の窓を開けると、通りには色とりどりの旗や飾りが並び、人々が忙しそうに行き交っている。


(わあ、なんだか華やかだね!)


 肩の上で蒼がパタパタと羽ばたく。


(結衣、なんか今日はいつもと違うね! お祭りかな?)


(うるさいわね。今日はアンタはお留守番!)


(えー! どうして?)


(だって、せっかくのお祭りなのに、アンタがいると独り言ばっかり言ってる変な人になっちゃうじゃない)


(ひどーい! 僕だって楽しみたいよー!)


(だーめ! 今日は蒼抜きで楽しむんだから!)


 結衣は蒼を部屋に残し、朝食に向かった。

 食堂では、ジークとミリアがすでにテーブルについていた。

 そして意外な人物も。


「おはよう、結衣さん!」


 カインが笑顔で手を振る。

 昨日の質素な服装とはうってかわって、今日はまた一段と派手な上着に身を包んでいる。


「カイン! どうしてここに?」


「君たちがここに滞在してるって聞いてね。それに、今日は特別な日だろう?」


 結衣が席に着くと、カインは嬉しそうに話し始めた。


「今日から三日間は、王都の建国記念祭だよ! 年に一度の大イベントさ!」


「建国記念?」


「そう。初代アルヴァニス王がこの地に王都を築いて500年。それを記念して始まった祭りなんだ」


 カインは熱心に説明する。


「今日の夕方からは前夜祭が始まるよ。屋台や踊り、夜には花火も上がる。明日はパレードがあって、王家の行列も出るんだ」


「すごい! それって私たちも見られるの?」


「もちろん! 王都の市民も、旅人も、みんなで祝うんだ」


 ミリアの目が輝いた。


「私、花火を見たことないんです!」


「そりゃあ絶対に見なきゃ! 今夜の花火は特に綺麗だよ」


 カインがミリアに微笑みかける。

 ミリアは少し頬を赤らめた。


「お前、祭りに詳しいんだな」


 ジークがカインに話しかける。


「ああ、毎年見てるからね。それに今年は特別なんだ。なんでも王子が初めて公式行事に参加するらしい」


「へえ、王子様ねぇ……」


 結衣は夢見るような目で言った。


「どんな人なんだろう?」


「さあ、噂によれば若くてハンサムらしいけど、滅多に姿を見せないから、実際のところはわからないよ」


 カインは肩をすくめた。


「とにかく、今日は楽しもう! 昼過ぎから市場に屋台が出始めるから、みんなで一緒に回らないか?」


「行く行く! 絶対行く!」


 結衣は目をキラキラさせた。


---


 昼過ぎ、四人は王都の中央広場へと向かった。

 通りには色とりどりの旗が風になびき、花で飾られた門が立ち並ぶ。

 人々は晴れ着のような華やかな服を着て、笑顔で行き交っていた。


「すごい……まるでテーマパークみたい!」


 結衣が感嘆の声を上げる。


 広場に着くと、そこはすでに屋台で埋め尽くされていた。

 焼き肉、揚げパン、蜜果、色とりどりの飲み物……

 香ばしい匂いと甘い香りが鼻をくすぐる。


「何から食べようか?」


 結衣は目を輝かせる。


「お前は屋台を食い尽くすつもりか?」


 ジークが呆れたように言う。


「もちろん! お祭りなんだから!」


 四人は屋台を回り始めた。

 結衣は揚げパンの屋台に駆け寄り、人混みに揉まれながらも必死に手を伸ばす。


「わあ、この揚げパンすごくいい匂い……あっ!?」


 突然後ろから押され、結衣がよろける。

 ジークがとっさにその手を掴んだ。


「危ねぇだろ。しっかりしろよ」


「あ、ありがと……ジークってばいつも意外と優しいよね」


 結衣は照れくさそうに笑う。


「『意外と』は余計だろ」


 ジークはすぐに咳払いをして前を向いた。

 だが、繋いだ手は離さない。


「……人混みは危ないから、ちゃんとついて来い」


 いつの間にか、四人は自然と二組に分かれていた。


---


 夕方、空が茜色に染まり始めた頃。

 結衣とジークは、広場の噴水のそばに腰掛けていた。


「ふう、お腹いっぱい!」


 結衣は満足そうに伸びをする。

 ジークは黙って夕焼けを眺めていた。


「ねえ、ミリアとカイン、どこ行ったんだろう?」


「さあ。はぐれたっきりだな」


「ふたりきりかー。いい感じかもね」


 結衣がニヤニヤと笑う。


「お前は人の色恋沙汰に首を突っ込むのが好きだな」


「だって、ミリアが幸せになるとこ見たいじゃん!」


 結衣は笑顔で言う。

 ジークはふと、結衣の横顔を見た。

 夕陽に照らされて、彼女の表情が柔らかく輝いている。


「……お前は?」


「え?」


「お前は、幸せか?」


 思いがけない質問に、結衣は目を丸くした。


「なんで急にそんなこと聞くの?」


「いや、ただ……」


 ジークは言葉を濁す。


「私? うーん……」


 結衣は空を見上げた。


「今は楽しいよ、みんなと一緒にいるから。でも、いつかは元の世界に帰らなきゃいけないんだよね……」


「……そうだな」


 ふたりの間に、少しの沈黙が流れる。


「あ、そろそろ花火の時間だって!」


 結衣が立ち上がる。


「良い場所取らなきゃ!」


「お前はいつも気楽でいいな」


 ジークは苦笑いしながらも、結衣の後を追った。


---


 一方、ミリアとカインは、王都の小高い丘にいた。

 そこからは、王都全体が見渡せる絶景だった。


「わあ……」


 ミリアは息を呑む。

 王都の灯りが、宝石をちりばめたように輝いている。


「ここが王都でいちばん花火が綺麗に見える絶景スポットなんだ」


 カインが静かに言う。


「人混みもないし、音も丁度良い。毎年ここで見てるんだ」


「素敵な場所ですね……」


 ミリアは感嘆の声を上げる。

 カインはミリアの横顔を見つめた。


「ミリアさん、昨日はありがとう」


「え?」


「難民キャンプで、君の優しさを見て……俺は勇気をもらった」


 カインの声は、いつもの陽気さがなく、真摯だった。


「そんな……私なんて、大したことは……」


「いいや、君は特別だよ。誰かのために自分の力を惜しみなく使う。それはとても尊いことだ」


 ミリアは頬を赤らめた。


「カインさんこそ、素敵です。昨日まで私、ずっと勘違いしていました」


「ははは。酒場での僕は、ちょっと騒がしかったかい?」


「いえ、そうじゃなくて……」


 ミリアは言葉を探す。


「ふたつの顔を持っているのに、どちらも本当のカインさんなんですね」


 カインは少し驚いたように目を見開いた。

 そして、柔らかく微笑んだ。


「鋭いね。そう、どちらも俺自身だ」


 夜空に、最初の花火が打ち上がった。

 パァンという音と共に、金色の光が夜空に広がる。


「始まった!」


 ミリアは子供のように目を輝かせた。

 次々と打ち上がる花火に、彼女の顔が色とりどりに照らされる。


 カインはそっと、ミリアの手を取った。

 ミリアは驚いたが、手を引っ込めることはなかった。


 パァン!


 二発目の花火が赤と青の光を夜空に広げた。


「初めての花火……こんなに綺麗だなんて……」


「来年も一緒に見られたらいいね」


 カインがさりげなく呟く。

 ミリアは息を飲み、そっと頷いた。


「……はい。もし、私がここにいたら」


「必ず誘うよ。約束だ」

 

 ふたりは、言葉を交わさず、夜空の花を眺めていた。


---


 中央広場では、結衣とジークも花火を見上げていた。

 人混みの中、ふたりは肩を寄せ合うように立っている。


「わっ、綺麗……!」


 結衣の目に、花火の光が映り込む。

 ジークは、そんな結衣の横顔をちらりと見た。


「ねえジーク、ありがとう」


「何が?」


「こうして一緒に来てくれて」


 結衣は笑顔で言った。


「別に、お前が行くって言うからついてきただけだ」


「それでも、ありがとう」


 結衣はジークの腕にそっと触れた。

 ジークは顔をそらし、耳を赤くしながら呟いた。


「……そんなに感謝されることじゃねぇんだが」


 それ以上は何も言わず、寄り添うほどに距離を縮め、そして肩を静かに抱き寄せる。

 結衣の髪の、ほのかな香り。

 ジークの瞳は少し、柔らかかった。


 夜空に大輪の花火が咲き、人々の歓声が上がる。

 祭りの喧騒が、いつまでもふたりを包んでいた。

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