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第28話 癒しの天使と正義の剣士

 一方、キャンプ内の仮設診療所では、ミリアが病人たちの看護に当たっていた。


「はい、これを飲んでください。熱が下がりますよ」


 ミリアは老婆に薬草茶を差し出す。

 老婆は震える手でカップを受け取ると、感謝の目でミリアを見つめた。


「ありがとう、お嬢さん。誰かに親切にしてもらうのは、もう何年ぶりかねえ……」


「そんな、当たり前のことですよ。私にできることなんてこれくらいしかありませんけど……」


 老婆は薬草茶をすすると、ほっとしたように息をついた。


「優しい子だねえ。あんたみたいな人がもっと増えれば、この世も少しは明るくなるのに」


「ありがとうございます。おばあさんもお身体を大事になさってくださいね」


 ミリアは微笑んで次の患者へと移動する。

 テントの中には、病人が何人も訪れる。

 疲労や栄養失調、怪我や病気。

 ミリアは持ってきた薬草を使い、できる限りの手当てをする。


「お姉ちゃん、これ見て! 昨日転んで、膝が痛いの」


「あらあら……はい、ちょっとしみるけど我慢してね」


 ミリアは小さな男の子の膝に薬草のペーストを塗り、包帯を巻いてやる。

 男の子は「ありがとう!」と元気に笑った。

 その横で、若い母親が赤ん坊を抱えて不安そうにしている。


「この子、ずっと熱が下がらなくて……」


「大丈夫です。お薬を作りますね」


 ミリアは薬草をすりつぶし、湯で煎じて小さなカップに注ぐ。

 赤ん坊が薬を飲むと、母親は涙を浮かべて頭を下げた。


「本当に、ありがとう……」


 ミリアは「大丈夫ですよ」と優しく微笑みながら、心の奥で小さくため息をついた。

 自分の力がもっとあれば、もっと多くの人を救えるのに――そんなもどかしさが胸に残る。


 そこへ、ひとりの少女が駆け込んできた。


「お薬のお姉ちゃん! カインお兄ちゃんが来てるよ! 一緒に来て!」


「え?」


 ミリアは少女に手を引かれ、テントの外へ出た。

 夕方の空気は少し冷たく、難民キャンプの焚き火の煙が風に流れている。


 そこには結衣、ジークと並んで、昨夜の酒場で見かけた派手な青年――カインがいた。

 だが、今日の彼は昨夜とは違う。

 質素で動きやすい生成りのシャツと濃茶のパンツに身を包み、真剣な表情で難民たちと話している。

 周りの人々も、彼を信頼しているようだ。


(あの人……カインさん?)


 ミリアは驚いて立ち尽くした。

 昨夜の派手で騒がしい男とはまるで別人のようだ。

 カインはミリアに気づき、手を振った。


「やあ、ミリアさん。昨夜は楽しかったね」


「こ、こんにちは……」


 ミリアは戸惑いながら近づいた。

 そこに結衣も現れる。


「あっ! ミリア、聞いて! カインはね、実は前からここでボランティアしてたんだって!」


 結衣が興奮気味に説明する。


「それだけじゃないの! カインは北の地方を旅して、魔王軍を直接見てきたんだって!」


「北の……?」


 ミリアの目が大きくなる。


「そう。僕は北の村々を旅してきた。魔王の軍勢が村を焼き、若者を連れ去り、抵抗する者を処刑する光景を見てきた」


 カインの声は静かだが、強い怒りが感じられた。

 その表情には、昨夜の軽薄な笑顔は一切ない。


「だから、せめてここに逃げてきた人たちは助けたいと思ってね」


 酒場の軽薄な酔客ではなく、優しい心と弱い人々を守る意志を持った、ひとりの男性がそこにいた。

 ミリアはカインを見つめた。


「……私も、自分にできることをしたいんです。何も大したことはできませんが……」


「聞いたよ。君が病人たちを看病してくれているって」


 カインは優しく微笑み、ミリアの手を柔らかく包み込んだ。


「ありがとう。ここにはまともな医療の手が届かないから、君の協力はとても助かる」


「いえ、あの……当然のことですから」


 ミリアは少し頬を赤らめた。

 カインの手の温かさに、胸がドキリと跳ねる。


 カインは難民たちに持ってきた食料や毛布を笑顔で配り始めた。

 子供たちが「カインお兄ちゃん!」と駆け寄り、老人たちも感謝の言葉をかける。


 その姿を見て、ミリアのカインへの評価は徐々に変わっていった。

 昨夜の苦手意識が、尊敬の念へと転じていく。


(こんなに真剣な人だったなんて……)


 ふと、カインがこちらを振り返って微笑む。


「ミリアさん、困っている人がいたら、何でも言ってくれ。できる限り協力するから」


「は、はい……!」


 ミリアは思わずうつむく。

 頬が熱くなるのを、どうしても隠せなかった。

 その様子を見て、結衣がニヤニヤとからかう。


「ミリア、顔が赤いよ?」


「え!? そ、そんなことないですって!」


 ミリアは慌てて頬を手で覆った。

 その横で、ジークが苦笑していた。


「まあ、カインも意外とやるじゃねぇか」


 ミリアは心の中でそっとつぶやいた。


(私も……もっと強くなりたい。カインさんのように、もっと多くの人を助けられるように……)


 夕暮れの難民キャンプに、焚き火の煙と、ほんの少しの希望が漂っていた。

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