第25話 肉とエールと陽気な夜
王都の夜は、昼間以上に賑やかだった。
三人は石畳の通りを歩き、酒場『ゴルドと愉快な仲間たちの店』の灯りに吸い寄せられるように扉を押し開けた。
酒場の中は、すでに活気のるつぼだった。
木の梁に吊るされたランタンが黄金色の光を投げ、分厚い木のテーブルには山盛りの料理とジョッキが並ぶ。
肉の焼ける香り、スパイスの刺激的な匂い、パンの甘い香りが鼻をくすぐる。
「すごい……これぞ異世界、王都の酒場……!」
結衣は思わず声を上げた。
「腹が減ったな」
「賑やかですね……」
ジークが無愛想に言い、ミリアは少し緊張した面持ちで店内を見回す。
空いている席を見つけて三人が腰を下ろすと、すぐに陽気な主人がやってきた。
「いらっしゃい! 飲み物は?」
「エール一杯! でっかいヤツで!」
結衣が真っ先に手を挙げる。
「蒸留酒」
「私は、ハーブティーを」
ジークは短く、ミリアは控えめに注文する。
「はいよ! 料理はどうする?」
「肉! あとソーセージの盛り合わせにパンと……なんかオススメ全部!」
結衣の勢いに、主人が笑う。
「威勢のいいお嬢ちゃんだね、任せときな!」
ほどなくして、テーブルには豪華な料理がずらりと並んだ。
こんがり焼かれた骨付き肉、ハーブとバターで香り付けされたローストチキン、分厚いソーセージが山盛り。
焼きたてのパンは表面がパリッとしていて、中はふわふわ。
チーズやオリーブ、色とりどりのピクルスも添えられている。
「やっば……これ絶対美味しいやつ!」
結衣はエールのジョッキを両手で持ち上げる。
「かんぱーい!」
ジークとミリアもグラスを合わせる。
「ぷはっ……! この一杯のために生きてるってカンジー!」
「……ん、悪くないな」
「香りがとても良いです……」
結衣はエールをグイグイと飲み干す。
ジークも琥珀色のグラスをくいっとあおった。
ミリアは湯気の立つハーブティーをそっと口に含み、ほっと微笑む。
結衣は早速、肉にかぶりついた。
表面はカリッと香ばしく、中はジューシー。
肉汁が口いっぱいに広がる。
「うっま! 王都の肉、最っ高!」
ちぎったパンに、バターをたっぷり塗る。
しっとりとした生地にバターのコクが染みて、思わず目を閉じてしまう。
「これ、毎日食べたい!」
「お前はもうちょっと味わって食えよ」
「だって美味しいんだもん!」
ジークは若干呆れ気味だ。
ミリアもパンを小さくちぎり、チーズを乗せて上品に口へと運ぶ。
「カリカリでふわふわ……! とっても美味しいです!」
そこへ、ひときわ明るい声が響いた。
「おやおや、見慣れない顔が揃ってるじゃないか!」
振り向くと、長い金髪に青い瞳、派手な上着を羽織った長身の青年が、にこやかに歩み寄ってくる。
「隣、いいかな?」
「どうぞどうぞ!」
結衣がノリノリで席を空ける。
「ありがとう、お嬢さん」
青年は流れるような動作で椅子に腰かけた。
「俺はカイン、流れの剣士さ。君たち、王都は初めて?」
「うん、昨日着いたばかり!」
結衣がエールを掲げる。
「カインさんも一緒に乾杯しようよ!」
「お、いいね! じゃあ俺もエールを!」
カインは主人に合図して、すぐにジョッキを受け取る。
「旅の出会いにかんぱーい!」
結衣とカインがジョッキをぶつけ合う。
ジークは無言でカインを観察し、ミリアは少し居心地悪そうにハーブティーを口にした。
「王都の酒場は初めて? ここの料理は絶品だし、雰囲気も良いからオススメだよ!」
カインは陽気に話しかけてくる。
「ホントだね、肉もエールも最っ高! カインさんは王都の人?」
「まあ、そんなとこ。いろんな所を回ったけど、やっぱり王都が一番落ち着くんだよな」
「カインさんも旅人なんですか?」
ミリアが控えめに尋ねると、カインは笑って答える。
「旅も好きだけど、今は王都でのんびりしてるよ。美味い酒と飯、それに今日は可愛いお嬢さんたちがいる。人生文句なしってね」
「……軽薄な奴だな」
ジークがぼそっと呟く。
「おや、そこのお兄さんは人見知りするタチかい?」
「……別に」
ジークはそっぽを向いた。
エールの勢いもあってか、結衣はどんどん饒舌になる。
「カインってばすごい物知りじゃん! 実は私たち、魔王の情報を探してるんだ。何か知ってたら教えてよ!」
「魔王かい? うーん、あんまり酒の席でする話じゃないけど……まあ知ってる範囲でならオッケーだよ」
カインは陽気に笑う。
店内では、他の客たちも盛り上がっていた。
「なあ聞いたか? また人攫いが出たらしいぜ」
「最近、スラムの難民がいなくなる事件が続いてるってよ」
「衛兵は何やってんだか……」
そんな噂話が、あちこちのテーブルから漏れ聞こえてくる。
カインはジョッキを傾けながら、さりげなく耳をそばだてている。
「人攫い……?」
それまで黙っていたジークが眉をひそめた。
「……オレの知ってる王都は、そんなに治安の悪い場所じゃなかった筈だがな」
「まあ、王都は広いからね。特にここ最近はいろんな奴がいるよ」
カインは肩をすくめ、何気ない顔で話題を変える。
「それよりさ、王都のおすすめスポット教えてあげようか? 昼の市場から夜の店まで、何でもござれだよ!」
「聞きたい! 教えて!」
酔いの回った結衣と、渋い顔で酒をあおるジーク。
ミリアは少し困ったように笑う。
「結衣さん、お酒はほどほどにしてくださいね」
「イェーイ!」
ふと気づくと、蒼の姿が見当たらない。
(あれ、蒼どこ行った?……まあ、いっか)
結衣はすっかりカインとの会話に夢中だ。
「ねぇカイン、また会えるかな?」
「もちろん! 俺はいつでもこの店にいるから、気が向いたら寄ってくれよ!」
カインはウインクして立ち上がる。
「それじゃ、俺はそろそろ行くよ。楽しい夜を!」
「バイバーイ!」
結衣が上機嫌で手を振る。
ジークは最後までカインから目を離さなかった。
---
やがて三人も酒場を後にし、夜風に吹かれながら宿への帰途についた。
石畳の道に、王都の灯りがきらきらと反射している。
すっかり出来上がった結衣はゴキゲンだ。
「今日はカインと出会えて楽しかったねー!」
「お前は知らない奴に気を許しすぎだ、もっと警戒しろ」
まだ不機嫌なジークを、結衣がからかう。
「あれれー? ジークってばもしかしてカインに妬いてちゃってるー?」
「なっ……! 馬鹿かお前は!」
ジークが珍しく声を荒げる。
ミリアが慌ててふたりの間に割り込んだ。
「まあまあジークさん抑えて。結衣さんも今日は少し飲みすぎですよ!」
「らーいじょーぶー!」
「何が大丈夫だよ、全然ダメだろコイツ」
こうして、王都の夜は騒がしく過ぎていった。