第23話 ようこそ夢の王都アルヴァニスへ!
王都アルヴァニスの壮大な城壁は、これまで見てきたどの町よりも高く、どこまでも白く輝いていた。
結衣は思わず足を止めて、見上げる。
「うわ……お城みたいな町って、本当にあるんだ……」
ジークは肩をすくめる。
「城だぞ、実際」
ミリアも感嘆の声を上げていた。
「すごい……あんなに大きな門、初めて見ました」
門の前には行列ができていた。
旅人、商人、荷車を引く農民、そして衛兵たち。
みな、それなりに整った姿格好をしている。
「これ、入れてくれるのかな……」
結衣は自分の服を見下ろす。
旅の埃と汗にまみれたいで立ちは、もはや『異世界カジュアル』というより『異世界サバイバー』だ。
「心配すんな、王都は誰でも入れる。金さえ払えばな」
ジークが言うやいなや、衛兵が「入城税一人銀貨一枚!」と叫ぶ。
「え、お金取るの!?」
「あ? 当たり前だろ。王都ナメんな」
慌ててバッグを探る結衣とミリアを尻目に、ジークは慣れた手つきで財布から銀貨を三枚取り出す。
そしてまとめて払ってくれた。
「お前ら、あとで返せよ」
「えー、ジークのケチー」
「ジークさん、ありがとうございます」
結衣は口を尖らせ、ミリアは頭を下げた。
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門をくぐった瞬間、結衣の目に飛び込んできたのは、信じられないほど広い石畳の大通りだった。
両脇には洒落たカフェやパン屋、宝石店、雑貨屋が軒を連ねている。
人々はみな清潔な服を着ていて、どこか優雅な雰囲気だ。
「すごい……ここ、異世界の銀座じゃん……」
「は? 銀座?」
「いいの、気にしないで!」
ジークが訝しげな視線を寄越す。
結衣は慌てて取り繕った。
「珍しい薬草もたくさん売ってそう……!」
「後にしろ。まずは金がないと何も始まらねぇ」
市場の方向を見て目を輝かせているミリアを、ジークが現実に引き戻す。
「ねぇジーク、今夜の宿はどうするの? せっかくだからゴージャスな宿に泊まりたい!」
「金が続くならな」
結衣のワガママを冷たくあしらうジーク。
お上りさんふたりと引率ひとりの三人組は、お約束の王都漫才を繰り広げながら中央広場へ向かった。
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広場は人でごった返していた。
大道芸人が火を吹き、子供たちが走り回る。
パンの焼けるいい匂いが、どこからか漂ってきた。
「なんか、夢みたい……」
結衣は大きく深呼吸する。
「さて、と」
ジークが重たい荷物を地面に下した。
「オレは戦利品を金に換えてくる。お前らはここで留守番でもしとけ」
「え、私も行きたい!」
「お前みたいな物知らずはいいカモにされるだけだ。黙って待ってろ」
ジークは道中のモンスターから得た戦利品の袋を肩に担ぎ、広場の奥へと消えていった。
結衣とミリアはそれを見送る。
「さて……私たちはどうしようか、ミリア」
「そうですね、近くの市場を見てきたいです。薬草の仕入れもしたいので」
「じゃあ、私も一緒に行く!」
「はい、ぜひ!」
荷物を背負い、ふたりは市場へと向かう。
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市場は広く、活気に満ちていた。
果物、野菜、肉、パン、香辛料、そして色とりどりの薬草や乾燥花。
ミリアは真剣な顔で薬草を吟味している。
「これは……いい葉っぱ……」
「いい葉っぱって……さすが薬草ガチ勢の言うことは違うわ……」
肩に乗った蒼が結衣に話しかけてくる。
(結衣、王都ってすごいね! 人も多いし、キラキラしてる!)
(うん、でも……ちょっと緊張するかな)
結衣は周囲を見渡す。
どこもかしこも整然としていて、ゴミひとつ落ちていない。
「王都って、こんなに清潔なんだ……」
「なんでも、ゴミをポイ捨てしたら罰金なんだそうですよ?」
「マジで? 違う意味で王都ヤバくない?」
その後もミリアは薬草店を見て回り、数種類の薬草を買いそろえた。
「やっぱり王都の品ぞろえは違いますね。これで新しい薬も作れます」
「そうなの? たとえば?」
「強い痛みを一時的に抑える薬ですね。調合次第では幻惑の効果もあって、うまくいけばモンスターの群れを同士討ちに誘い込むことができます」
ミリアの説明に、結衣は目を輝かせる。
「へー、すごい! その薬草は王都でしか売ってないの?」
「少々危険な成分を含むので、普通は出回っていないですね。要は麻薬の親戚みたいなものです」
「えっ……? それって危なくないの?」
「まあ、だいたいの薬は毒と隣り合わせですから」
「えぇ……」
あっけらかんと微笑むミリア。
ドン引きの結衣。
その時、広場の方からジークが戻ってきた。
ミリアが声を掛ける。
「おい、終わったぞ」
「まあ。早かったですね、ジークさん」
「交渉がスムーズで助かった。これが換金した金だ」
ジークが金貨の入った小袋をふたりに見せる。
見た目にもずっしりと重い。
ぼんやりとしていた結衣の目が、一気に$マークに染まる。
「やったー! 今日は豪華なディナーだ!」
「おい、あまり調子に乗るなよ。王都の食い物は高いんだ」
「……あの、とりあえず、宿を探しませんか?」
ミリアの提案で、三人は王都の宿屋通りへと向かった。
どの宿も立派で、看板には金銀の文字が踊っている。
『王冠亭』『白百合亭』『黄金の葡萄亭』……
名前相応に、値段も高そうだ。
結衣の目がキラキラと輝く。
「ねぇねぇジーク! どこの宿にする?」
「一番安いところでいいだろ」
「えー、せっかくだから綺麗でゴージャスなところに泊まりたい!」
「……お前、誰の金でここにいられると思ってんだよ」
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結局『黄金の葡萄亭』という中級クラスの宿に決めた三人は、並びの部屋を取った。
部屋の造りは広く、窓からは石畳の通りが見下ろせる。
清潔なベッドはふかふかだ。
「すごい……王都のベッドって、雲みたい!」
「それは言い過ぎだろ」
「でも、気持ちいいです……」
ミリアも自室のベッドに腰かけて、うっとりしている。
「これでしばらくはゆっくりできるね!」
「そうだな。明日からは情報収集を始めるぞ。魔王の手がかりが目的なんだろ?」
「うん! 今度こそは魔王の情報にたどり着いてみせる!」
蒼もベッドの上をパタパタと飛び回る。
(結衣、王都の生活、楽しみだね!)
(そうだね、でもちょっとだけ緊張するかな)
(大丈夫! 僕がついてるから!)
(……あんまり頼りにならないけどね)
(えー! ひどい!)
蒼の抗議を無視して、結衣は目を閉じる。
新しい冒険の始まりに、胸が高鳴る。
王都アルヴァニス――ここで、何が待っているのだろう。