第22話 眠り薬で一発逆転!
森を抜けた先に広がっていたのは、薄暗い谷間だった。
木漏れ日も届かない、湿った空気。
どこか不穏な気配が漂っている。
「なんか、嫌な感じ……」
結衣が小声で呟いた、その時。
「ギャアアアアア!」
頭上から鋭い悲鳴が降ってきた。
見上げると、巨大な黒い影が何十も、空を覆っている。
「ジャイアントバット……!」
ジークがダガーを抜いた。
バサバサと羽音が響く。
コウモリたちが一斉に急降下してきた。
「うわっ、来た!」
結衣はとっさに赤石を握る。
だが、コウモリの動きは予想以上に素早い。
視界を黒い翼で封じ、鋭い爪が目の前をかすめる。
「くっ……!」
ジークがダガーで応戦する。
だがコウモリは空中を縦横無尽に飛び回り、刃が届かない。
「ジーク、後ろ!」
結衣が叫ぶ。
ザンッ!
ジークが振り向きざまに一体を切り裂くが、すぐに別の一体が襲いかかる。
「数が多すぎる……!」
結衣もファイアボールの石で応戦しようとするが、コウモリの動きが速すぎて全く狙いを定められない。
「ちょっ……! こんなの当てるとか無理だから!」
(結衣! 石の無駄撃ちはやめた方がいいよ!)
(言われなくても分かるわ! それよりどうすればいいのかを教えてよ!)
コウモリの群れが渦を巻く。
そのうちの一体が、結衣の髪をかすめて飛び去った。
「ひゃあっ!」
思わずしゃがみこむ。
「結衣、下がってろ!」
ジークが叫ぶ。
だがジークもコウモリの爪で腕を浅く切られていた。
「くそっ、厄介だな……」
そのとき、ミリアが結衣の隣に駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?」
「ミリア、出てきちゃダメ! 危ないよ!」
結衣が叫ぶが、ミリアは落ち着いた表情で薬草袋を取り出す。
「ジークさん、私にも手伝わせてください!」
ジークが一瞬だけ振り返る。
「分かった、頼む!」
ミリアは薬草袋の中から木製の小さな筒を取り出した。
「効いて……!」
ミリアが筒を振り、蓋を開ける。
そして、コウモリの群れめがけて思い切り投げつけた。
ヒュッ!
筒の中から粉末状の何かが降り注ぐ。
コウモリたちが、空中でふらりと揺れた。
「え……効いてる?」
結衣が息を呑む。
次の瞬間、数体のジャイアントバットがバサバサと羽音を立てて地面に落ちた。
「効いた! ミリア、すごい!」
「まだです!」
ミリアがもう一本、筒を取り出す。
今度は群れの中心に向けて投げた。
またしても粉末の霧が広がり、さらに多くのコウモリが眠りに落ちていく。
ジークが素早く駆け寄り、地面に落ちたコウモリを次々と仕留めていく。
ダガーが閃き、黒い体が次々と動かなくなっていく。
「助かった……お前の助けがなければ手こずってた」
ジークが息を切らしながら、ミリアに声をかけた。
「お役に立てて良かったです」
ミリアがほっとしたように微笑む。
その表情はあくまでも落ち着いていた。
「ねぇ待って待って! 私だけ話に付いていけてないんだけど、何が起きたの!? 誰か説明してよ!」
結衣は目を丸くして叫んだ。
ミリアが微笑む。
「実はさっきの薬草の森で、眠りを引き起こす毒草を見つけていたんです。それを調合して、眠り薬を作りました」
「えっ! ミリア、病人を治すだけじゃなくて、そんなこともできるの!?」
ミリアは少し照れながら説明する。
「できますよ。といっても、ジークさんの助言がなければ、私もこんなことは思いつきませんでした」
「どういうこと?」
結衣の問いにジークが答える。
「ロックバードの村にいた時、ミリアに聞いた。お前の薬はモンスター攻撃にも使えるか、ってな」
「何それ! 私知らないよ!」
「そりゃお前には話してねぇからな」
「えー、私だけ仲間はずれ? ずるーい!」
ミリアが慌てて間に入る。
「いえ、ジークさんの言葉はきっかけで、あとは私が勝手にやったことですから……」
だがジークは、ミリアにはお構いなく続ける。
「いや、今回の手柄は間違いなくミリアだ。お前の眠り薬がなければ苦戦を強いられてた」
「そうだよミリア、すごいじゃん! そこは謙遜するところじゃないよ!」
結衣の言葉に、ミリアは頬を染めて答える。
「え、あ……ありがとうございます。でもやっぱりジークさんのおかげですから」
ミリアはあくまでもジークを立てようとするが、ジークは冷静に続ける。
「ミリア、お前も立派な戦力だ。今後も力を貸してくれると助かる」
「はい! 私でよければ、お手伝いさせてください!」
「なになにー? ふたりとも、いいコンビじゃん!」
結衣はニヤニヤしながら冷やかす。
いつものことだ。
だが、なぜだか今は心の奥がチクリとした。
(……あれ、なんで? 私、なんかモヤモヤしてる……?)
(んー? それってジェラシーなんじゃないのー?)
蒼が突然耳元で囁く。
(は? 何言ってんの、そんなわけないでしょこのボケ鳥!)
(いやいや、絶対そうだって! ほら顔が赤いよー!?)
(うるさい! 赤くなんてなってないし!)
結衣が蒼を追い払うように手を振る。
蒼はくるくると回りながら逃げていく。
(ジェラシー警報発動中ー!)
(いい加減にしろー!)
結衣の叫びが、森の中に響いた。
ジークとミリアは不思議そうに振り返る。
「おいどうした?」
「い、いや、なんでもない!」
結衣は慌ててごまかす。
先を行くふたりの背中と、それを追う結衣に、木漏れ日が優しく降り注いでいた。