第20話 汚れ落として心もスッキリ!
ジークは深いため息をつき、地面に座り込んだ。
「はぁ……じゃあ、さっきの『戦力カウント』は撤回だな。ぬか喜びさせやがって……」
しかし、落ち込んでいる結衣を見て、いつものぶっきらぼうな口調で続ける。
「そんな顔すんな。小石なんて、またどっかで拾えば良いだけだ。赤石や青石だって、まだいくつか残ってるんだろ?」
そして少しだけ口調を和らげた。
「それに、今回はお前があの金色の小石を使ったから勝てた。それは紛れもない事実だ。今回だけの手柄かもしれねぇが、それでも手柄は手柄だからな」
「そうです! ジークさんの言う通りですよ!」
ミリアも力強く頷いた。
「結衣さんの力があったから、私たちはこの危機を乗り越えられたんです! もっと自信を持ってください!」
ミリアは結衣の手を握り、励ますように続けた。
「……うん、そうだね。ありがとう、ジーク、ミリア」
結衣は顔を上げ、ようやく小さな、はにかんだような笑顔を見せた。
ふたりの言葉が、強張った心を溶かしてくれた気がした。
(ま、僕の的確なアドバイスあってこそだけどね!)
(今回ばかりはアンタに助けられたわ。ありがとう、蒼)
蒼がここぞとばかりに胸を張る。
小声で軽口を叩けるくらいには、結衣のメンタルも回復した。
戦利品を抱え、三人は丘を降りていった。
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「あっ! 小川だ!」
キラキラと陽光を反射する清流が、丘のふもとを流れていた。
結衣は立ち止まり、ふたりに両手を合わせた。
「ねえ、お願い! ちょっと水浴びしない? さっぱりしたいな!」
汗と血と埃が混ざり合った結衣の顔は、さながら迷彩メイクのようになっていた。
ミリアも自分の服を見下ろし、ロックバードの血で染まった部分を指さす。
「できれば私も、汚れを落としたいです」
ジークは肩をすくめた。
「オレは少し休んで、怪我の手当てをし直す。お前たちは好きにしろ」
ジークは少し離れた木陰に腰を下ろした。
結衣は蒼に向き直った。
(蒼、アンタは見張り役!)
(えー、また? 僕も一緒に水浴びしたいなー)
(アンタはだ・め・よ! 今度こそしっかり見張りなさいよね!)
(わかったよー、ちゃんと見張るから)
結衣は蒼を睨みつけ、人差し指を突き出した。
蒼は肩を落とし、渋々小川から離れた場所へと飛び去った。
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小川の水は冷たく、透き通っていた。
結衣とミリアはさっそく服を脱いで水を浴び、顔や手足の汚れを落とし始める。
「気持ちいい!」
結衣は両手ですくった水を顔にかけ、頬を叩くように洗う。
ミリアも、緑の長い髪についた埃を丁寧に洗い流していた。
小柄なミリアの白い肌に水滴が飛び散り、太陽の光を受けて輝く。
(ほー。ミリアってば、意外と着痩せするタイプだったのね)
結衣の不埒な視線には気づかず、ミリアは静かに口を開いた。
「結衣さん、村の子供たちのこと、ありがとうございました」
結衣は顔を上げた。
「え?」
「熱を出していた子供たちの看病を手伝ってくれて」
ミリアは柔らかな笑顔を向けた。
「村長さんも、みんなも、とても感謝してくれてましたし」
「私は別に大したことしてないよ。ただ子供たちに薬を飲ませただけ」
結衣は照れたように髪をかき上げた。
水滴が陽光を受けて、小さな虹を作る。
「でも、結衣さんの看病で、子供たちが救われました」
ミリアは膝まで水に浸かり、ゆっくりと腰を下ろした。
「そう言ってもらえると、嬉しいな」
彼女も水に腰を下ろし、ミリアの隣に並んだ。
「それより、私こそありがとう」
「え?」
「さっきの戦いの後、私が落ち込んでたとき、励ましてくれたじゃん?」
結衣は水面を軽く叩いた。
「『もっと自信を持って』って言ってくれたの、あれ、すごく嬉しかったんだよ」
ミリアは頬を赤らめた。
「そんな……当たり前のことですよ」
「こっちこそ、あの時は本当に助かったよ!」
結衣は水をすくい、ミリアに軽くかけた。
ミリアは小さく悲鳴を上げた後、同じように水をかけ返す。
ふたりは子供のように水を掛け合い、笑い声が小川に響いた。
「……結衣さんといると、楽しいです」
ミリアがふと呟いた。
その瞳は澄んでいて、心からの言葉だと伝わってきた。
「本当に……冒険って、こんなに楽しいんですね」
「これからもっと楽しくなるよ!」
結衣の笑顔は、戦いの後の疲れを吹き飛ばすほど明るかった。
ミリアも嬉しそうに頷いた。
ふたりの間に流れる空気は、今までとはどこか違っていた。
「おーい、いつまでやってんだ! もう行くぞ!」
ジークの声が響き、ふたりは我に返った。
「もう? 早くない?」
「ジークさんの怪我、大丈夫でしょうか……」
「あ、そうか。そうだよね」
ミリアが心配そうに言い、結衣も頷く。
ふたりは急いで身支度を整え、ジークの元へ戻った。
蒼もひょこひょこと後に続く。
(ちゃんと見張ったよ! 褒めて!)
(それが当たり前だっつーの)
ジークの傷は、思ったよりも回復していた。
戦闘中にミリアが施した応急処置のおかげだ。
黙って立ち上がり、ジークは荷物を背負う。
「行くぞ」
三人は再び歩き始めた。
夕暮れ前、彼らは無事に村に戻り着いた。
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村人たちは、ロックバードを退治した三人を大喜びで迎えた。
村長は約束通りの報酬に加え、しばらくは旅に困らないほどの食料や水を持たせてくれた。
汚れたり破れたりした衣服も、村の女たちが綺麗に洗って繕ってくれた。
「これで村に平和が戻ってきます。本当にありがとうございました」
その夜、村は小さな祝宴に沸いた。
元気になった子供たちは結衣の周りに集まり、ロックバードを倒した話が聞きたいとせがんだ。
ジークとミリアも宴の輪に加わった。
翌朝、三人は村人全員に見送られながら旅立った。
子供たちは手を振り、大人たちは深々と頭を下げる。
「また来てくださいね!」
「気をつけて行ってらっしゃい!」
王都へと続く道が、朝日を浴びて輝いていた。