第19話 ヤバすぎサンダーボルト炸裂!!
「どうしよう……ジークが怪我しちゃった……私のせいで……」
結衣は俯き、唇を強く噛みしめた。
自分の力不足が、ジークをピンチに追い込んだ。
赤石も青石もロックバードには当てられず、全く役に立っていない。
このままでは、確実に全滅だ。
絶望が、結衣の心を黒く塗りつぶす、その瞬間――
(諦めないで結衣! まだ手はあるよ!)
蒼の声が響いた。
(金の石を使ってみて!)
結衣は弾かれたように顔を上げた。
ワイルドボア戦で手に入れた、ひときわ異彩を放つ金色の石。
(あれは……! でも、たった1個しかないんだよ!?)
結衣の声が震える。
(もし外したら……今度こそ、もう本当に終わりだよ!)
最後の切り札。
これを失えば、今度こそ万策尽きる。
(大丈夫だから! 僕を信じて!)
蒼の声は、なぜだか不思議なほどの自信に満ちていた。
(難しいことは考えないで! その石、思いっきり天に投げて!)
いつもはふざけてばかりの蒼の力強い声が、結衣の迷いを吹き飛ばした。
他に選択肢はない。
これに賭けるしかない。
「……わかった。やってみる」
結衣は一度強く目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
そして、覚悟を決めてゆっくりと立ち上がる。
金色に輝く小石は、ずしりと重い。
結衣が再び姿を現したことに気づき、ロックバードたちが一斉に警戒の鳴き声を上げた。
数羽が威嚇するように、低空飛行でこちらに急接近してくる。
殺気が、冷たい針のように肌を刺す。
(お願い……! 届け……!!)
結衣は強く念じながら、右腕を大きく振りかぶった。
そして、持てる限りの力を込めて、金色の小石を空高く、天に向かって投げ上げた。
小さな金色の光点が、ロックバードの群れを突き抜け、蒼天へと吸い込まれていく。
その軌跡の頂点で、世界が変わった。
投げ上げられた金色の小石が、まるで小さな太陽のように、眩い光を爆発させた。
その光点を中心として、漆黒の嵐雲が渦を巻きながら、恐ろしい速度で空一面に広がっていく。
あっという間に空は完全に闇に覆われ、深い夜の底に沈んだかのように暗転した。
ゴロゴロゴロゴロ……!
地鳴りのような、腹の底まで響く不気味な雷鳴が轟き渡る。
空気が電荷を帯び、ビリビリと肌を刺し、髪が逆立つ。
世界の終わりが近いのではないかと錯覚するほどの、圧倒的なプレッシャーが空気を支配する。
そして――。
ドォォォォン!!!
天そのものが裂けたかのような閃光と、鼓膜を突き破るほどの凄まじい轟音が同時に発生した。
巨大な極太の稲妻が、黒雲から地上に向かって叩きつけられたのだ。
それも一本や二本ではない。
数えきれないほどの雷撃――サンダーボルトが、ロックバードたちが密集する空域に、文字通り「降り注いだ」。
「ギャアアアアアアアアアア!!!!!」
空が断末魔の悲鳴で満たされた。
閃光と轟音の嵐の中、ロックバードたちは雷撃の直撃を受け、黒焦げの塊となって次々と地上に墜落していく。
逃げることも、抵抗することも許さない、絶対的な力が空を蹂躙していく。
焦げた羽根と肉の匂いが、鼻をつく。
悪夢のような時間。
それは壮絶という言葉すら生ぬるい、一方的な殲滅だった。
やがて雷鳴は遠のき、空を覆っていた黒雲は、まるで幻だったかのように急速に消え去っていった。
何もなかったかのように、元の青空が戻ってくる。
だが、丘の上の光景は一変していた。
先ほどまで空を埋め尽くしていたロックバードの姿は、一羽たりともない。
その代わりに、黒く焼け焦げた鳥の死骸が散乱している。
煙が立ち上り、焦げ臭い匂いが漂っていた。
結衣は、口をあんぐりと開けたまま、目の前で起こったことが信じられないというように、ただ呆然と立ち尽くしていた。
隣のジークも、ミリアも、言葉を失い、同じようにその場に凍りついている。
「な……んだったんだ、今のは……?」
最初に沈黙を破ったのは、ジークだった。
肩の傷の痛みも忘れたかのように、結衣の横顔を穴が開くほど見つめている。
その声には、畏怖の色さえ混じっていた。
「お前……思った以上に、とんでもねぇな……」
絞り出すような声には、驚愕と、そして紛れもない賞賛の響きがあった。
「ゆ、結衣さん! すごいです! すごすぎます!」
ミリアが興奮冷めやらぬ様子で駆け寄り、目をキラキラと輝かせながら言った。
「あんなにすごい雷、見たことありません! まるで、昔話に出てくる天のいかづちみたいでした!」
ミリアは結衣の両手を握りしめた。
その手は興奮で小刻みに震えている。
「え、あ、う、うん……? ありがとう……?」
どこか他人事のように、戸惑いながら結衣は返事をする。
現実感がない。
自分の投げたあの小さな金色の小石が、これほどの天変地異を引き起こしたとは、とても信じられなかった。
(どう? 僕の言った通りだったでしょ? ちょっと派手すぎたかもしれないけど、まあ結果オーライってことで!)
蒼がいつもの調子で、少しおどけたように言う。
結衣は、まだ震えの止まらない声で、蒼にだけ聞こえるように呟いた。
(……ちょっとどころじゃないよ……正直、引いたわ……威力調整とかできないの、アレ?)
我に返ったジークは、肩の痛みに顔をしかめつつも、ふらりとロックバードの死骸へと歩み寄った。
「まあ、結果的に助かったのは事実だ」
ジークは死骸を検分しながら言う。
「こいつらは良い値がつくな。羽根、爪、嘴。全部貴重な素材だ」
そう言うと、高く売れそうな部位をナイフで切り取り、袋に詰め始めた。
結衣も、はっと気づいてそれを手伝い始める。
しばらくの間、黙々と戦利品の回収作業が続いた。
丘にはおびただしい数の死骸が転がっており、作業は思ったよりも時間がかかった。
ようやく一通りの回収を終えたジークは、血と泥と煤で汚れた顔を拭い、改めて結衣に向き直った。
「今回の働きは文句なしだ。お前を戦力としてカウントしてやる」
普段は辛口なジークからの、最大限に近い評価。
しかし、結衣の表情は晴れない。
むしろ、申し訳なさそうに俯いてしまった。
「あの、私……やっぱり、調子に乗りすぎてたみたいで……その……」
結衣は言葉を探すように言い淀み、そして小さな声で告白した。
「あの金色の小石、あれは1個しかなくて……だから、もうあのすごい雷の魔法は使えないんだ……ごめんなさい!」
その言葉に、ジークは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
そして盛大に肩を落とした。
「マジかよ! 一発芸か、お前は!」