第18話 大ピンチ! ロックバードの脅威
丘の上にたどり着いた三人が見たもの。
それは息詰まるような絶望。
空が見えないほどに、黒い影の群れが空を覆い尽くしていた。
ロックバードだ。
鋼のように硬質な嘴。
血走った、冷酷な猛禽の眼光。
広げれば家屋ほどもある巨大な翼。
一羽や二羽ではない。
数十、数百……いや、視界の限りを埋め尽くす圧倒的な大群だ。
キーキー、ギャアギャアと耳障りな鳴き声が辺りに響き渡る。
「ひっ……!」
結衣の喉から、引きつったような音が漏れた。
岩のように固まった足が、ガクガクと震える。
「な、何これ……! 嘘でしょ!? こんな大群だなんて聞いてない! どうしよう!」
結衣はパニック状態に陥っていた。
声は恐怖で上ずり、思考は完全に麻痺している。
「今さら泣き言いってどうすんだ!」
隣でジークが怒鳴った。
「元はと言えばお前が、ろくに話も聞かずに『任せてください!』なんて景気のいい返事をするからだろうが!」
ジークは忌々しげに言い放つ。
既に腰の両脇から、鈍い輝きを放つダガーを引き抜いている。
その切っ先が、ロックバードたちの殺意をギラリと反射した。
「こうなっちまった以上、やるしかねぇんだ! 腹を括れ!」
結衣は唇を噛み、震える手を強く握りしめた。
ジークの言う通りだ。
安請け合いをした結果がこれである。
空を旋回していたロックバードの群れの一部が動いた。
ヒュオオオオ!
十数羽が空気を切り裂く甲高い音と共に、一斉に急降下を開始した。
その狙いは先頭に立つジークに向けられている。
「来るぞ! ミリアは下がってろ!」
「分かりました!」
ジークの鋭い声が飛ぶ。
ミリアは後方の大きな岩陰へと素早く身を滑り込ませた。
風を切る音が頭上でいくつも重なり、巨大な影が地面を這うように猛スピードで動く。
鋭利な爪が突き立てられようとしたその瞬間――
「遅ぇんだよ!」
ジークは常人離れした反射神経で身を翻した。
迫り来る複数の爪撃を、最小限の動きで回避する。
すれ違いざま、右手のダガーが逆薙ぎに閃いた。
ギャイン!
硬質な羽根と金属がぶつかる甲高い音。
急降下の勢いを殺されたロックバードが、空中で体勢を崩す。
そのコンマ数秒の隙を見逃さず、左手のダガーが正確に首元を貫いた。
「グギャアアァァ!」
断末魔の叫びを残し、ロックバードは力なく地面に叩きつけられ、動かなくなった。
土煙が舞い上がる。
「次っ!」
ジークは休む間もなく、次々と襲い来るロックバードに応戦する。
地面を蹴り、岩を足場にし、敵の背を踏み台にして、空中でアクロバティックな動きを見せる。
ズシャッ! バシュッ!
二本のダガーが銀色の軌跡を描き、敵の急所を的確に捉えていく。
斬り上げ、薙ぎ払い、突き立てる。
一体、また一体とロックバードを屠っていく。
血飛沫と黒い羽根が宙を舞う。
しかし、その表情は険しい。
倒しても倒しても、敵の数は一向に減る気配がない。
それどころか、後続が次々と空から降りてきて、包囲網は狭まるばかりだ。
「くそっ! 上ばっかり見てると首が折れるぜ! キリがねぇ!」
ジークの額には玉のような汗が浮かび、肩で大きく息をしている。
空を自在に飛び回り、しかも圧倒的な数で襲ってくる敵を相手に、ダガーではどうしてもリーチが足りない。
ビュッ!
ジークの頬を、鋭い爪が掠めた。
赤い線が走り、血が滲む。
一瞬たりとも気を抜けない。
消耗戦は圧倒的に不利だ。
「結衣! ぼさっと突っ立ってねぇで援護しろ!」
「わかってるよ! やってる!」
一体のロックバードがこちらに向かってくる。
結衣は狙いを定める。
距離は……いける! 今だ!
「いっけぇー! ファイアボール!」
赤石を力いっぱい投げつける。
石は唸りを上げて飛んでいくが、ロックバードは嘲笑うかのようにひらりと身をかわした。
小石は後方の岩に当たり、ボンッと虚しく爆発する。
「ああっ、もう! 一発無駄にした!」
焦りが募る。
次は青い小石を掴む。
別のロックバードが旋回している。
動きの先を読んで……予測して……!
「そこっ! アイススピア!」
青石を渾身の力で投げる。
しかし、これもまた巧みにかわされてしまった。
空中でパキンと砕ける氷の欠片と共に、結衣の心も折れる。
「さっきからずっと狙ってるんだけど、アイツらにかわされて全然当たらないのよ!」
結衣の手に汗が滲む。
持っている小石が滑り落ちそうだ。
貴重な攻撃手段が、どんどん無駄になっていく。
ファイアボールもアイススピアも、数の暴力の前では焼け石に水だ。
役に立てない無力感が、結衣の心を締めつける。
落ち着け? 敵の動きを読め?
だいたいそんなこと、この状況でできるわけがない。
結衣が焦りで自分を見失いかけた、まさにその時だった。
ジークと激しく打ち合っていたロックバードたちが、まるで示し合わせたかのように突如ターゲットを変更した。
三羽のロックバードが、三方向から同時に結衣めがけて突進してきたのだ。
「うそ……!」
結衣がその殺気に気づいた時には、もう遅かった。
目の前に迫る、岩をも砕く鋭く尖った爪。
体が氷のように凍り付き、声も出ない。
「結衣!」
絶叫に近いジークの声が響いた。
次の瞬間、猛烈な衝撃と共に結衣の体は横に突き飛ばされた。
ドサッ!
岩混じりの硬い地面に叩きつけられ、全身に鈍い痛みが走る。
息が詰まり、視界が星のようにチカチカする。
何が起こったのか理解する前に、ジークの苦悶に満ちた声が耳を穿つ。
「ぐっ……!」
霞む視界の中、結衣が見たのは、信じられない光景だった。
左脇を深紅に染め、片膝をつくジークの姿。
結衣を庇った際にロックバードの一撃を避けきれず、鋭い爪に深く抉られていた。
夥しい量の血がボタボタと地面に滴り落ち、黒い染みを作っていく。
「ジーク!!」
「ジークさん! しっかり!」
ミリアが岩陰から飛び出し、負傷したジークに駆け寄る。
そして素早く鞄から薬草と布を取り出し、応急処置を開始した。
「くそ……油断した……!」
ジークが歯を食いしばり、痛みに耐えながら悔しげに呻く。
「あの鳥ども、連携しやがった……!」
ミリアの肩を借り、三人はひとまず近くの大きな岩陰まで後退した。
幸いロックバードたちは深追いしてこない。
空中で旋回しながらこちらの様子を窺っている。
まるで、嬲り殺しにするタイミングを見計らっているかのようだ。
「どうしよう……ジークが怪我しちゃった……私のせいで……」