第12話 涙は乙女を強くする
「あんなクソ野郎、私がぶっ飛ばしてやる!」
結衣の瞳に怒りの炎が灯った。
拳を握り締め、今にも飛び出して行きそうな勢いだ。
(ちょ、結衣! 落ち着いて!)
蒼が慌てて結衣の肩に飛び乗り、必死になだめる。
(そんなにカッカしちゃダメだって! もっとクールに行こうよ! 冷静に、冷静に!)
一方、燃える結衣のかたわらで沈みこむミリア。
ローランドが金の入った袋をチンピラに手渡していた。
その光景が脳裏に焼き付いて離れない。
「…………」
ミリアは唇を震わせ、小さく呟いた。
「あの時のローランドさんは、一体何だったの……? あの笑顔も、優しい言葉も、全部嘘だったんですか……?」
結衣はミリアの肩を抱き寄せた。
「ミリア……辛いよね。でも現実を見なきゃ。あんなクソ男にミリアはもったいないよ!」
一方、ジークは静かに状況を見守っていた。
「……店に戻る。行くぞ」
低い声でそう言い、ジークは立ち上がる。
「え? え?」
驚く結衣。
ジークは冷たい目で答えた。
「転売屋どもを叩き潰す。そのための準備をする」
その声は今まで聞いたことがないほど低い。
その瞳には静かな怒りが宿っている。
ジークがこんな感情的な一面を見せるなんて……!
「ジーク、アンタなんかキャラ変わってない?」
ジークは結衣のツッコミを無視した。
「準備が整ってないのに突っ込んでも返り討ちにあうだけだ。それに今のそいつは戦いに耐えられる状態じゃない」
振り返ると、そこには今にも泣き出しそうな顔をしたミリアがいた。
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三人は、一旦ミリアの薬草屋に戻った。
ミリアは力なく椅子に座り込んだ。
その表情はまるで抜け殻のようだ。
「すみません。私のせいでこんなことになってしまって……」
ミリアは涙声で謝った。
「何言ってるの! ミリアは何も悪くないよ! 悪いのはローランドと転売ヤーどもでしょ!?」
結衣はミリアの手を握り、力強く励ました。
「それにジークだって、なんだかんだ言ってミリアのこと心配してるんだから!」
その言葉にジークはそっぽを向いた。
「……うるさい」
ミリアは小さく微笑んだ。
「ありがとうございます、結衣さん……」
店の奥へ消えたジークは、なにやらゴソゴソと音を立て始めた。
どうやら、武器の手入れでもしているらしい。
戦いを前に抜かりなく準備を整えるのが、ジークの用意周到さの表れだ。
(ジークってば、ほんと用心深いよねぇ)
(ほんとそれ! でもそれがジークの良いところなんだけどね!)
結衣の呟きに、蒼が同意するように頷いた。
一方ミリアは薬草の整理を始めた。
無心に手を動かすことで、心を落ち着かせようとしている。
「……私も何かできることを探します。こんなこと、許せるわけがありません」
かすれた、小さな声。
しかしその言葉には、確かな何かが込められていた。
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しばらくすると、ミリアの表情にも少しずつ生気が戻ってきた。
結衣はそれを見計らって口を開く。
「ミリア、落ち着いた? そろそろこれからどうするか考えようよ」
「……そうですね」
ミリアは深呼吸をし、ゆっくりと顔を上げた。
「私は困っている人たちのために行動したいです。今回の事件で、本当に必要としている人の元に、薬草が届かないということを知ったから」
「うん、ミリアならきっとやれるよ! 私もできる限り協力するから!」
結衣は笑顔でミリアの背中を叩いた。
「あとはジークの腕の見せ所だね!」
結衣がニヤリと笑うと、ジークが武器の手入れを終えて戻ってきた。
「……もう大丈夫そうだな」
二本のダガーを構えながら冷たい目で言った。
「転売屋どもを叩き潰す」
その言葉に結衣とミリアは頷いた。
「ローランドの悪行を暴こう!」
結衣が意気込みを見せると、ミリアも力強く頷いた。
「はい! 私もできる限り頑張ります!」
こうして三人は再びスラムへ繰り出した。
今度の目的は転売組織との対決。
そしてミリアの笑顔を取り戻すことだ。