第11話 憧れの王子様はまさかの転売ヤー!?
カドラスの市場は、今日も活気に満ちている――
と見せかけて、実際にはピリピリとした空気が漂っていた。
転売という暗い影が、その賑わいの裏で蠢いているからだ。
「何とかしないと……」
ミリアはキュッと唇を噛みしめた。
空っぽの商品棚を見つめる瞳に悲しみが宿る。
「日本でも『令和の米騒動』とかあって、皆が買い占めに走ってさ。結局、泣きを見るのは貧乏人なんだよね、こういうの」
結衣は腕を組み、難しい顔で腕を組んだ。
ミリアの声が震える。
「病気で苦しむ人のための薬草なのに、それをお金儲けの道具にするなんて……許せません!」
今回の転売事件は、彼女にとって許しがたい悪行だった。
ジークは鋭い視線を市場の隅々に走らせる。
「スラムの人間ならあの安っぽい布の出どころくらい見当がつく。一番儲けてる奴の尻尾を掴めば、芋づる式に組織をあぶり出せるはずだ」
その顔つきは、まるで獲物を狙う野犬のようだ。
「よし、それじゃあ調査開始!」
結衣が元気よく叫ぶと、肩に止まった蒼が(イェーイ!)とばかりに小さく旋回した。
まったく、空気の読めない鳥だ。
その時、ミリアがハッとした表情で叫んだ。
「あっ! ローランドさん!」
ミリアが指差す方向を見ると、ひときわ目を引く高価な服を着た男が、ゆったりと歩いていた。
整った顔立ち、優雅な身のこなし。
遠目からでも、そのオーラは隠せない。
まさしく、ミリアが憧れるローランドその人だった。
「マジか。本物の美形だわ……」
結衣も思わず感嘆の声を漏らす。
その美貌は、もはや罪。
ミリアの目はハートマークでいっぱいだった。
「やっぱりローランドさんって素敵……あの人にまた会えるなんて……」
完全に乙女モードに突入したミリア。
いやいや、今は転売ヤーをぶっ倒すのが先でしょうが!
「ねえミリア、悪いけど今はローランドさんより転売事件の解決が優先だから……」
結衣に諭され、ミリアは我に返った。
「そ、そうですよね! いけません、私としたことが……」
頬を赤らめるミリアをよそに、ジークはスッと歩き出した。
「……行くぞ」
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三人はカドラスのスラムへと足を踏み入れた。
表通りの賑わいとは打って変わって、そこは貧困と暴力が支配する暗黒街。
道の両側にはボロボロの家が立ち並び、希望を失った人々が道端に座り込む。
「うわぁ……想像以上に治安悪いな。ここ、本当に同じカドラス?」
結衣は周囲を警戒しながら、思わず呟いた。
ジークはそんな光景には慣れっこのようで、表情ひとつ変えずにスラムの奥へと進んでいく。
「ここら辺の連中は、見慣れない顔には敏感だ。目立つなよ」
まるで自分の庭のように、ジークはスラムを歩き慣れている。
その時、背後から複数の気配が迫ってきた。
「来たな」
ジークは振り返ると同時に、両手に握ったダガーを構えた。
現れたのは、錆びた剣やナイフを構えたチンピラたち。
その目には、ギラギラとした敵意が宿っている。
「ここは俺たちの縄張りだ!」
「よそ者は出て行け!」
チンピラたちが一斉に襲い掛かってきた。
「結衣、下がってろ!」
ジークが叫び、先頭のチンピラに突っ込む。
シャアッ!
研ぎ澄まされた二刀流が火を噴く。
目にも止まらぬ速さでチンピラのナイフを弾き飛ばし、がら空きになった首元にダガーを突き付けた。
「グッ……」
チンピラは絶望の表情を浮かべ、地面に崩れ落ちる。
しかし、敵はまだ数人いる。
「ジーク! 危ない! 右!」
ジークは咄嗟に身をかわし、結衣が青石を投げる。
ヒュンッ! グサッ!
アイススピアが一直線に飛んで、チンピラの足を射抜いた。
「やった!」
結衣が興奮気味に叫ぶ。
ジークは転倒したチンピラに冷静に近づき、無慈悲な一撃を加えて戦闘不能にした。
だがその時、隠れていた別のチンピラが背後から結衣に襲い掛かった。
「結衣!」
ジークは叫び、迷うことなく飛び込んだ。
ザシュッ!
コンマ一秒の差でダガーがチンピラの腕を切り裂き、血飛沫が舞い散る。
「ヒイッ!」
チンピラは腕を押さえて逃げていった。
「助かったよ、ジーク!」
感謝の言葉を述べる結衣。
しかし、ジークはいつものようにそっけなく言い放った。
「……お前は隙だらけなんだよ。気を付けろ」
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チンピラを撃退した後、アジトらしき場所を調べると、怪しげな書類が見つかった。
「私が読みますね」
字の読めるミリアが書類を受け取る。
難しい専門用語が並んでいるが、何とか解読していく。
「えっと……『カドラスにおける薬草の価格操作』……『住民への情報操作によるパニック扇動』……噂を流して食料や薬草を買い占め、それを高値で売って荒稼ぎする……ってことみたいです」
「やっぱり……!」
結衣が拳を握りしめる。
予想はしていたが、実際に証拠が出てくると怒りがこみ上げてくる。
蒼が書類の内容をチラ見した。
(ミリアの解読は正しいよ! こいつら、マジの悪党だね!)
証拠は揃った。
しかし、黒幕が誰なのか、まだ分からない。
「他に何か手がかりはないかな……」
結衣は立ち上がり、アジト内を隈なく探し始めた。
その時、ミリアの鼻がピクピクと動く。
「あれ……? 何か、薬草の匂いがする……?」
「そう? 私には何も感じないけど?」
「いえ、感じます。上質な薬草の匂いが」
ミリアは匂いを辿り、アジトの奥にある路地へと歩き出した。
結衣とジークもその後を追う。
路地の奥には、薄暗い物陰があった。
ミリアは息を潜め、そっと物陰を覗き込む。
「あ……」
ミリアの顔から、一瞬で血の気が引いた。
その目に映ったのは――
「ご苦労だった、約束の報酬だ。カドラスの連中は馬鹿だから、ちょっと煽ってやればすぐに踊らされる。お前らはもっと転売で稼げ」
ローランドが、チンピラに金を受け渡している光景だった。
「そ、そんな……」
ミリアは口元を抑え、信じられないものを見るような目でその光景を見つめた。
憧れの人が、まさか転売事件の黒幕だったなんて。
夢が、音を立てて崩れていく。
ミリアは、現実を受け止めきれずにいた――