第105話 波音と波形のノイズ
ふたりはレイが作ったプライベートビーチの砂浜に寝転んで、星空を見上げていた。
砂の感触が、背中に心地よい。
波の音が、ザザーッ、ザザーッと響いている。
規則正しいリズム。
その時、ふと結衣が首を傾げた。
「ねえ、レイ」
「なに?」
「この波の音、なんか時々変じゃない?」
結衣が耳を澄ませる。
「ザザーッて音の中に、たまに『キーン』って金属音みたいなのが混じってる気がする……」
レイが起き上がった。
その表情が、真剣なものに変わる。
「どんな音?」
「えーっと……」
結衣も起き上がって、説明する。
「ごく稀に、波が引く瞬間の静寂と重なるように聞こえるの」
「うん」
「耳鳴りみたいだけど、もっとこう、ガラスを爪でひっかいたような音」
レイが目を閉じた。
集中して、耳を澄ませる。
しばらくの沈黙。
そして、再び目を開く。
その表情が、一気に険しくなった。
「確かに……」
レイが呟く。
「人間の可聴域ギリギリの高周波ノイズが、ほんの一瞬だけ、不規則な周期で混じってる」
「やっぱり変だよね?」
結衣が心配そうに尋ねる。
「これは、仮想空間のバグじゃない」
レイが立ち上がる。
「ここはこの世界のあらゆるものから完璧に遮断されている。つまり、このノイズは……」
その声が、緊張を帯びる。
「外部から、干渉が試みられている証拠だ」
そして、レイは結衣に向き直った。
「このノイズは自然界には存在しない。意図的に作られた、人工的な情報伝達の痕跡だね。こんな芸当ができるのは、おそらく奴だけだろう」
その眼差しが、不敵な光を帯びる。
「だから、ノイズの周波数と周期を解析すれば……」
一呼吸の間。
「発信源、つまりアルドベリヒの本体がいる空間座標を特定できる」
希望の光が見えた。
気分転換のはずが、思わぬ形で最大のヒントを得ることになった。
結衣の目が輝く。
「それって、すごいじゃん!」
「うん、これは僕が探していた活路だよ。君のおかげで、ようやく奴の尻尾を掴める」
レイの言葉に、結衣は嬉しくなった。
「やったね、レイ!」
結衣が飛び跳ねる。
「ああ。君のお手柄だよ、結衣」
レイも微笑む。
「でも、そういえば……どうして私にだけ聞こえたんだろう?」
結衣は首を傾げた。
「君は純粋に、僕との世界を楽しもうとしてくれた。だからこそ、僕も気づかないノイズに気づけたんだと思う」
レイが結衣の手を取る。
その整った顔が、まるで子供のように上気している。
「君は本当に最高だよ、結衣」
結衣の頬が赤くなる。
「そ、そんなことないって……」
「いや、本当だよ。さあ、帰ろう」
パチン。
レイは指を鳴らした。
ビーチの風景が、ゆっくりと消えていく。
砂浜が消え、海が消え、空が消える。
気がつくと、ふたりは元のリビングに戻っていた。
大きなテレビの画面には、複雑な波形データが映し出されている。
グラフが、リアルタイムで動いていた。
「すごい……これ、さっきのノイズ?」
結衣が画面を見つめる。
「そう」
レイがリモコンを操作する。
「この中に、ひときわ異質な信号がある」
画面の一部が、赤く光った。
他とは明らかに違う、不規則な波形。
「これが、アルドベリヒの痕跡」
レイの声に、確信が宿る。
「ついに見つけた」
結衣の胸が、高鳴った。
長い間手詰まりだった状況が、ついに動き出す。
「私、ちゃんと役に立てた?」
結衣が嬉しそうに聞く。
レイが振り返って、優しく微笑んだ。
「君がいなかったら、僕が気づくことは絶対になかったよ」
レイが結衣の頬に、そっと手を添える。
「ありがとう、結衣」
結衣の心臓が、ドキドキと音をたてる。
レイの手が、とても温かい。
モニターには、複雑な波形データが踊る。
その中に、アルドベリヒの存在を示す信号が光っている。
アルドベリヒ打倒への道が、確かに拓けた。
けれども今、結衣の心は、別のことを考えていた。
レイの優しい笑顔。
温かい手の感触。
一緒に過ごした、美しいビーチでの時間。
確かに、思わぬ形で大きな成果を得ることができた。
でも、それ以上に大切なものをもらったような気がした。
「レイ」
「なに?」
「今日は、ありがとう。とても楽しかった」
結衣が心から微笑む。
レイも微笑み返す。
「うん。君と一緒だから、僕も楽しかった」
ふたりの間に、温かい空気が流れる。
新たな戦いが始まる前の、静かで幸せなひととき。
この瞬間を大切に、胸に刻もう。
夜が更けていく。
でも、状況は確実に前進している。
きっと、この戦いに勝利できる。




