表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/123

第102話 少年の帰還

 朝霧が立ち込める森の中。

 木々の間から差し込む朝日が、霧を金色に染めていた。

 鳥のさえずりが響き、葉擦れの音が静寂を破る。


 その小道を、ひとりの少年が歩いていた。

 ジークだ。


 擦り切れたマントが風に揺れる。

 靴には泥がこびりつき、髪は砂埃にまみれていた。

 顔が疲労で青ざめている。

 だが、その瞳には確かな意志が宿っていた。


 荒野での長い旅を経て、ついに帰り着いた。


 木々の間から朝日が差し込む。

 金色の光が、疲れきった顔を照らした。


 やがて、木造の門が見えてくる。

 簡素な防壁に囲まれた、抵抗勢力(レジスタンス)のアジト。

 懐かしい光景だった。


「……ただいま」


 ジークが小さく呟く。

 門の前に立つ。 獣人の門番が、ジークの姿を認めて目を見開いた。


「ジーク!?」


 狼の耳をした青年が、慌てて駆け寄る。


「生きてたのか! みんな心配してたんだぞ!」


「ああ」


 ジークが頷く。


「少し、長旅をしてた」


「とにかく中に入れ! ガレスさんたちに知らせてくる!」


 門番が慌てて門を開ける。

 重い木の扉が、ギィ、と音を立てた。


 アジトの中央広場に足を踏み入れる。

 懐かしい光景が広がっていた。


 難民や元奴隷のテントが並んでいる。

 朝食の煙が、あちこちから立ち上っていた。

 子供たちの笑い声が響く。


 平和な光景。

 ジークの心が、少し温かくなった。


 その中を、ジークは歩いていく。

 人々が振り返り、驚きの表情を浮かべる。


「ジークだ!」


「帰ってきた!」


 ざわめきが広がった。

 その時、広場の向こうから人影が現れる。

 ガレス、カーライル、ベリンダ、ジノカリア、マーレーン。

 懐かしい顔ぶれだった。

 

「ジーク! よく戻ったな!」


 ジノカリアがジークの肩を力強く叩く。

 その手は、鍛冶で鍛えられたごつごつした手だった。


「心配したぞ、若造」


「すまない」


 ジークが苦笑する。


「迷惑をかけた」


「迷惑だと? ふざけるな」


 ジノカリアが笑う。


「仲間が帰ってきて迷惑なわけがあるか」


 その時、別の足音が近づいてくる。

 ガレスとカーライルだった。


「ジーク」


 ガレスが静かに声をかける。


「生きていたか」


 その声には、安堵が混じっていた。


「ああ」


 ジークが頷く。


「少し、考える時間が必要だった」


「そうか」


 カーライルも頷く。


「それで、答えは見つかったのか?」


「……まだ途中だ」


 ジークが正直に答える。


「だが、やるべきことは見えた」


 その時、豪快な笑い声が響いた。


「おいジーク! 死んだかと思ったぜ!」


 獣人の女戦士、ベリンダがやってくる。

 その手で、ジークの背中を思い切り叩いた。


「痛ぇ……」


 ジークが苦笑する。


「相変わらずだな、ベリンダ」


「当たり前だ!」


 ベリンダが豪快に笑う。


「お前がいなくて、つまらなかったぞ!」


 そして、エルフの薬師、マーレーンも近づいてくる。


「お帰りなさい、ジーク」


 穏やかな声。


「怪我はありませんか?」


「大丈夫だ」


 ジークが頷く。


「ありがとう、マーレーン」


 仲間たちに囲まれて、ジークの心が温かくなる。

 やはり、ここが自分の居場所なのだと実感した。


「さて」


 ガレスが口を開く。


「お前に伝えたい話がある。疲れているだろうが、会議室に来てくれ」


---


 会議室は、蝋燭の灯りで照らされていた。


 蝋燭の灯るテーブルに、首領たちが座っている。

 ジークも、その一角に腰を下ろした。


 テーブルの上には、一通の手紙が置かれている。

 羊皮紙が、蝋燭の光で透けて見えた。


「これは?」


 ジークが尋ねる。


「カインからの使者が来た」


 ガレスが説明する。

 ジークは驚いた。


「この手紙を持参してな」


 ガレスが手紙を手に取る。

 指が、羊皮紙を軽く叩いた。


「内容は……衝撃的なものだった」


 ガレスが手紙を読み上げ始める。

 読み進めるうちに、ジークの表情が変わった。


 アルドベリヒが『冥将軍(めいしょうぐん)』として魔王軍を操っていたこと。

 異世界人のレイが『魔王』に仕立て上げられた理由。

 結衣が異世界から召喚された経緯。

 

 そして、結衣が現在、ヴォイドクレイドル、つまりレイの元で保護されていること。


「結衣……」


 ジークの声が震える。

 拳を握りしめるが、すぐに感情を抑えた。


「これほどの策略とはな……」


 ガレスが眉をひそめる。


「我々はアルドベリヒの手のひらで、完全に踊らされていた」


「奴が結衣を狙っている以上、時間がない」


 カーライルが唸る。


「一刻も早く、対策を立てる必要がある」


 ジークは静かに口を開いた。


「待ってくれ。オレにも話すことがある」


 全員の視線が、ジークに集まった。


「……オレは、そのアルドベリヒと直接会った」


「何だと?」


 ガレスが驚く。


「それはいつのことだ?」


「少し前だ」


 ジークは、深く息を吸った。


「奴は、オレに取引を持ちかけた」


「どんな取引だ?」


 カーライルが尋ねる。


「ヴォイドクレイドルの壁を破る手伝いをしろ、その隙に結衣を連れて逃げろ、と」


「それで、お前は?」


 カーライルが尋ねる。


「……オレは、その誘惑に乗った」


 ジークが目を伏せる。


「結衣を救い出したい一心で、奴の言葉に従った」


 沈黙が部屋を支配する。

 蝋燭の炎だけが、静かに揺れていた。


「その結果、オレは結衣を傷つけた」


 ジークの声が震える。


「オレは……男として、結衣に最低なことをした。唇を奪って、無理やり……」


 ガタッ!


 その時、椅子の音が響いた。

 ベリンダが立ち上がる。

 そして、ツカツカと音を立ててジークに歩み寄る。


 パシンッ!


 平手打ちの音が響いた。

 ジークの頬が赤くなる。


「ベリンダ……」


「結衣を傷つけたのは許せねぇ」


 ベリンダの怒りの声。


「だが」


 その表情が、少し和らいだ。


「ここに戻ってきたってことは、反省してるってことだろ?」


 ベリンダがジークの肩に手を置く。


「なら、お前に協力してやる」


「ベリンダ……」


 ジークが驚く。


「ただし」


 ベリンダが親指を立てた。

 その指が、首の前を横切る。


「今度同じことをしたら、次はないからな」


「……ああ」


 ジークが頷く。


「ありがとう、ベリンダ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ