第10話 転売事件勃発!?
交易都市・カドラスの朝はいつも賑やかだ。
市場の喧騒が響き渡り、商人たちの威勢のいい声が飛び交う。
そんな中、薬草屋の店先にいるミリアは、どこか上の空だった。
(ローランドさん……)
ミリアは小さく呟き、頬を赤らめる。
(前にお店に来てくれた時、すごく紳士的でスマートだったなぁ……)
思い出すのは、先月一度だけ店を訪れた、整った顔立ちの紳士然とした男性。
薬草を買いに来た彼の洗練された仕草は、まるでおとぎ話に出てくる貴族のようだった。
「お嬢さん、この薬草の効能を教えていただけますか?」
「あ、はい! これは傷の化膿止めによく効く薬草で……」
あの日の会話が脳裏に浮かぶ。
麗しい笑顔に、落ち着いた声。
ミリアはふふっと夢見るような表情を浮かべた。
(また会えたらいいな……)
そんな乙女な妄想に浸っていると――
「ミリアー!」
聞き覚えのある声が響いた。
「結衣さん!」
ミリアが顔を上げると、結衣がジークを引き連れて店にやってきた。
「またローランドさんの妄想タイム? ミリアってば恋しちゃってるんじゃない?」
「そんなんじゃないです!!」
ミリアは慌てて否定し、顔を真っ赤にして薬草の束で顔を隠す。
結衣はニヤニヤしながらさらに追い打ちをかける。
「でもさー、そんな風に顔赤くするなんて怪しいよねぇ?」
「違いますよ!」
そのやり取りを横で聞いていたジークが舌打ちした。
「……チッ、くだらねぇ。女子供は本当に暇だな」
その時だった。
突然店先に怒号が響き渡った。
「薬草をくれ!」
「薬草がないと死ぬんだ!」
「うわっ! 押し潰される!」
音を立てて群衆が押し寄せてきた。
最近カドラスでは「食料と薬草が不足する」という噂が広まっていた。
さらには、転売屋らしき連中がカドラス中の商品を買い占めた。
そのため店には商品がなく、人々はパニック状態に陥っていた。
店内はあっという間に騒然となり、棚がガタガタ揺れる。
「皆さん、お願いです! 落ち着いてください! 薬草はちゃんとありますから!」
ミリアが必死に叫ぶが、人々は我先にと薬草を求めて押し合いへし合いしている。
巻き込まれた結衣が突き飛ばされ、壁に激突しそうになった瞬間――
「危ねぇ!」
ジークが素早く結衣を抱き止めた。
壁に手を突き、背中で庇う。
結衣は驚きつつも、その腕の中からジークを見上げた。
「あ、ありがとジーク……ねぇ、これっていわゆる『壁ドン』ってやつ?」
「あ!? 何言ってんだこんな時に!」
ジークは慌てて腕を解こうとするが、群衆に阻まれて動けない。
一方、蒼は結衣の耳元でニヤニヤと囁いた。
(ねえ結衣! 今ジーク心臓のマジヤバいって! バクバクだよ!)
(やめてよ! こっちまで何かドキドキするから!)
その微妙な空気感をぶち壊したのはミリアだった。
「……お願い! やめてください! これじゃ本当に必要な人に薬草が届かなくなっちゃう!」
ミリアの悲痛な叫びに、ジークと結衣はハッと我に返る。
だが混乱を抑えようにも、群衆の数の暴力の前に、ふたりができることは何もなかった。
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群衆が去り、騒ぎが収まった夕暮れ。
店先には疲れ果てた三人と散乱した貨幣や紙幣、そして空っぽになった薬草棚だけが残されている。
ミリアは椅子に座り込み、大きなため息をついた。
「こんなことになっちゃったら、もうカドラスでお店なんて出せないですよね……」
その言葉にジークは無言で店の外へ出た。
一歩踏み出した彼の目に飛び込んできたのは、誰かが落としていった薬草の束だった。
「おい、これを見ろ」
ジークは値札のついた薬草の束を拾い上げる。
包装された粗末な布には見覚えがあった。
「これ……この店で売ってるのと同じ薬草じゃねぇか?」
「え? 確かにそうかも……」
「それにしては値段がボッタクリすぎるな。相場の五倍はするぞ……」
蒼が空中でクルクル回りながら囁いた。
(あ! それ、スラムでよく使われてる布だよ! 闇市とかで出回ってるんだ!)
ジークも同じことに気づいていた。
「チッ、スラムか……チンピラどもがやりやがったな」
それを聞いた結衣は、拳を握りしめて叫んだ。
「スラム調査決定! 転売ヤーは絶対許さないんだから!」