表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/70

第1話 異世界の扉はマッチングアプリ

 どこにでもいるごくフツーの女子大生、結衣(ゆい)の人生が急転直下したのは、まあぶっちゃけ、彼氏に振られたその日からだ。


「ごめん、俺たち別れよう」


「え、マジで?」


 結衣は一瞬固まったあと、泣くでもなく怒るでもなく無言で電話を切り、ただただソファに沈み込んでポテチをバリバリ貪っていた。


 そしてやさぐれモード全開で三日三晩、ネトフリで恋愛ドラマのリピートとアイスドカ食いを繰り返した挙げ句、結衣は悟ったのだ。


「もういい。新しい彼氏見つけよ」


 で、手っ取り早くマッチングアプリに手を出したのが運の尽きだった。


---


 マッチングアプリで知り合った(そう)という男は、イケメンすぎて逆に怪しいレベルだった。

 結衣は「まあいちど会ってみるだけなら」と軽い気持ちでデートに臨んだ。


 気負ってると思われるのは癪なので、あえてのカジュアルスタイル――ボーダーのパーカーにジーンズ――だ。

 ショルダーバッグにスニーカーを履いて、足取りも軽く出掛ける。


---


 カフェで会った蒼は写真通り、いやそれ以上にイケてて、結衣は内心浮かれまくった。


(うわ、こんなイイ男とデートとか最高じゃん!)


 でも、話してみると何かがおかしい。


「ねぇ、結衣ちゃんってさ、異世界に興味ある?」


「いせ……かい……ですか?」


(は? なんだコイツ。頭イカれてんのか?)


 結衣の内心のツッコミを知ってか知らずか。


「僕のお願い聞いてよ♡」


 とかウィンクしてきたり。


(うわキモっ! 明らかにヤベー奴じゃん……とっとと帰ろ)


 だが、蒼がウィンクした瞬間、結衣の視界がぐにゃっと歪んだ――


 ジェットコースターが急降下するような浮遊感。

 胃袋がひっくり返る。

 耳鳴りがして、舌に苦い味が広がる。


(えっ……何コレ。もしかして私、ヤバくない……?)


 目の前が霞む。

 頭がクラクラする。


「うえっ……」


 結衣が吐き気と共に膝をついた時、足元の感触が変わっていた。

 コンクリートじゃない、草だ。

 気づいたらそこはカフェじゃなくて、なんか草むらだった。


「……えぇ!? ちょっと何!? ここどこ!?」


 結衣は顔を上げた。

 目の前に、蒼がフワフワと浮かんでる。

 そう、浮かんでる。

 足ついてない。

 半透明。

 

「結衣ちゃん! 異世界へようこそ!」


「は!? 何!? 異世界!? なんで!?」


 さっきまでの吐き気が一瞬で吹き飛んだ。

 パニックに陥る結衣。


「いやー。実は僕、神様なの」


「説明になってない!!」


 ヘラヘラ笑う蒼に、思わずツッコむ結衣。


「で、君にはこの世界を支配する『魔王』を倒してもらいたいんだよねー」


「魔王!? 私が!?」


 無茶振りが過ぎる。


「いやいやいや! 無理無理無理!!」


 結衣の抗議も虚しく、蒼は「お願い♡」とか言って手を合わせてくるだけ。


 この時点で結衣は確信した。

 こいつ、ヤバい。

 人の話聞かない。


「ちょっと待った! 神様なのになんで自分で魔王倒さないの?」


「いやー。この世界じゃ僕、神の力が使えないんだよー」


 結衣が冷静に聞くと、蒼は肩をすくめた。


「使えない!? じゃあ何!? 役立たず!? ただの置物!?」


「役立たずはひどいなー。でもまあそういうこと。これからよろしくね、結衣ちゃん」


 蒼はあくまでもマイペースを崩さない。

 それどころか、もっととんでもないことを言い出した。


「そうそう。僕は結衣ちゃん以外の人には見えないから、マスコット的な感じで君の力になるよ!」


 蒼の体から、青白い光が溢れ出す。


「うおっまぶしっ!」


 結衣は思わず目を細める――


 光が収まると、そこにいたのは人間の姿をした蒼ではなく、手のひらサイズの青い鳥だった。

 キラキラした大きな目に、ふわふわの羽根。

 まるでおとぎ話から飛び出してきたような、愛らしい姿だ。


(じゃじゃーん! どう? 可愛いでしょ?)


 青い鳥は羽をパタパタさせながら、結衣の周りをくるくる飛び回る。


「いや『可愛い?』じゃないから! なんでわざわざ変身した!? なんで鳥!?」


(さあ? 神様の力が封じられると、こうなっちゃうみたい。でも結衣ちゃんにだけ見えるってことは、僕たちって運命の絆で結ばれてるってことだよね♡)


「絆じゃなくて呪いでしょ!」


 結衣は初めて周囲をじっくり見回した。


 草原の向こうには森が広がり、空には輝くふたつの月——ひとつは青く、もうひとつは赤く——が浮かんでいる。

 遠くには水晶のように輝く山脈が見え、風には甘い花の香りがかすかに混じっていた。

 どう見ても日本じゃない。


 結衣は、あらためて視線を蒼に戻した。


「……で、どうやってその魔王とやらを倒すの? 武器とか魔法は? そもそもそいつはどんな奴なの? どこにいるの?」


(うーん、わかんない!)


「わかんないって何!?」


 蒼はキラキラした目で、自信たっぷりに答える。


(でもさ、魔王を倒したら元の世界に帰れるよ! 僕を信じて!)


 ふざけるなああああ!

 ……と叫びたい気持ちを抑えて結衣は念を押す。


「ホントに帰してくれるんでしょうね!?」


(うん! 多分!)


 多分って何だよ、多分って。

 適当過ぎるだろ、もっと責任感持てよ。


「マジで何!? ツイてないにもほどがあるでしょ!? 私、昨日まで普通に失恋してたのに!?」


 こうして結衣は、異世界のど真ん中で、見えない青い鳥になった使えない自称神様と一緒に、魔王とかいうよくわからん敵を倒す旅に出ることになった。


 荷物はゼロ、知識もゼロ、あるのはツッコミ力だけ。

 頭を抱えながら、結衣はとりあえず目の前の森に向かって歩き出した。


(結衣ちゃん、がんばってねー!)


「お前は黙れ!!」


 無責任に応援する蒼と、ブチ切れまくりの結衣。

 ふたつの月が見守る異世界の空に、そんな結衣の叫びが虚しく響き渡るのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ